雪夜の約束

「あのさ、オリヴィア」

「ん?」

 沈黙を破って口を開いた俺に彼女の視線が注がれる。

「もし嫌じゃなければ答えてほしいんだけど、その、なんでオリヴィアは知りたいんだ? 外のこと」

 オリヴィアの表情が俺のその問いを聞いて僅かに陰る。

「それは、ほら、私、生まれが特殊でしょ? 人間と妖精のハーフ。これが……、まあ、なんていうか監査会の法律だと生まれてきちゃいけない生き物なのよ」

 覚悟はしていたけど、やっぱり……。

「……だから、私の両親は二人とも捕まっちゃっててさ。それも別々に。まあ、人質代わりに父さんはここにいるから会おうと思えば会えるんだけどね。母さんは、……顔も憶えてないな——。

 生まれてしまった命に罪は無いとかいうけどさ、本当にそうかな……。私は命を保証されてるけど、父さんと母さんはそうじゃないのよ。いつ何が父さんと母さんにあるか分からない。それに、二人とも捕まっているから、私に実質的な自由はないようなもの。

 これって、つまりでしょ?

 本来あってはならない、生まれてきてはいけなかった存在に対して、それを縛るために罰を設ける。

 生じてしまった罪を正すために罰があるのだとしたら、罪が発生しないようにするために罰があるのなら……、私のこの状況も変わらないじゃない。

 ……まぁ、だから私はあの監査会の言うことを聞くしかない。この島の外にはどうやっても行けないのよ、私は…………。

 ごめん、外を知りたい理由だったわね。簡単よ。

 ——ただ知りたいから。私の親が生きていた世界はどんな世界だったのか、あの人たちから私が奪ってしまったものはどれほどのものだったのか知るために、私は外のことが知りたいのよ。

 正直なところ、命令に対する反骨もあるんだけど、これは理由じゃないから、理由と言えばこんなところね」

「………………」



「まあ、……気にしなくていいわよ。関係ないんだから。あなたはあなたのやらなくちゃいけないことがあるでしょ」

 一人の少女はそう言って目一杯の虚勢を張った。

 その心を悟られぬように、決して自分を見せぬように。

 だが――。

「いや、関係あるよ。もう聞いちゃったんだから」

 そう、少年は一言一言力強く言葉を口にする。

 そして、だから——、と。

「出よう。一緒に」

 予想外のその言葉に、少女のその虚勢は一瞬だけ剥がれ落ちた。

 それを知ってか知らずか、少年はなおも真剣に少女を見つめる。

「オリヴィアのお父さんも、オリヴィアのお母さんも、そして何より、オリヴィア自身も。みんな、幸せになっていいはずだ」

 その何の確証も無い、しかし、強く少女の胸を叩く少年の言葉に、静かに彼女は震えていた。

「だから、オリヴィアがここを出て、日常を暮らせるように手伝うのも俺のやらなくちゃいけないこと」

 少年はそう言って、しんしんと降りしきる雪の中で星のように明るい笑みをこぼしてみせた。

 少女はそれを見て零れ落ちていた涙を拭く。

「……ほんと。何言ってるんだか、新入りのくせに」

 しばしの沈黙。少年と少女は互いに見つめ合っていた。

「……でも、ありがと。言ったのなら約束しなさいよ」

 少女は顔を逸らして、震える手で少年の手を掴んだ。



「約束する。オリヴィア」

 俺は握られた手を握り返して、決意を伝えるかのようにそう言い放った。

 見ればオリヴィアの頬は涙の跡で濡れている。

 だが、その顔に曇りは無い。

 俺を見つめる彼女の顔は今まで見てきた彼女のどの笑顔よりも、彼女らしい微笑みでその顔を輝かせていた。

「……リヴィ」

「え?」

「リヴィでいいわ」

 そう言ってリヴィは顔を下に向け、俺の胸に頭をぶつけてきた。

 突然のことに驚きながらも、それを受け入れ、手を握ったまま改めて彼女の名前を呼ぶ。

「うん……、分かった。リヴィ」

 俺の手を握る小さな手に少し力が入った。

 降る雪は少し粒を大きくし、クリスマスの夜空を電飾とともに彩っている。

 そうして刻(とき)は過ぎ去り、通りの向こうからトムテが姿を見せた。

「なんだ、お前達くっついたのか?」

 手をつなぐ俺とリヴィを見るなり、ケーキを持ったトムテは早速冷やかしを口にした。

 リヴィは体を離すかと思ったが、腕を掴み、さらに体を寄せてくる。

「ハッ。随分と気に入られたね、新入り君よ。これ、頼まれてたケーキな。持って行って一緒に食べよう。な?」

 そう言って弾む足で先を進むトムテを先頭に、俺達は帰路に着いたのだった。

 そして、寮に戻った頃。時計の針は十二時少し前。

「さて、色々と遅れたが、これからクリスマスパーティーを始める!」

 と、既に酒の入ったアーサーは酔い気味でパーティーの開始を告げた。

 パーティーも進んで盛り上がり始めた頃、トムテから、プレゼントだ、二つ無くて悪いなと、冷やかしを受けながら俺は小さな箱を貰った。

 リボンをほどき、中を見ると、そこには緑色の宝石のあしらわれた金色の指輪が入っている。俺は、これは? とトムテに尋ねた。

「入学の時のやつだ。遅くなって悪いね」

 トムテはそう言って申しわけなさそうに笑う。

「いい指輪じゃない」

 俺の隣にいたリヴィは横からそれを見て言った。

「……ちょっと貸して」

 そう言ってひょいとリヴィはその指輪を横から取り上げる。

 何をするのか、と見ていると、彼女は軽くその宝石に口づけをし、そして俺の指にはめ込んだ。

「それに幻素入れておいたから。必要なときに使ってね」

 耳元でそういったリヴィの声は少し照れているようにも聞こえた。

 俺の顔も少し紅潮しているような気がする。

「そんなに見ないでよ」

 そう言う彼女に、俺はぐいと押しのけられてしまった。だが、別に本気で嫌がっているわけではないだろう。なにせ、彼女が本気で嫌がっているときはこんなものじゃすまない。

「お熱いな」

 と、トムテの笑いが入る。

 アーサーはといえば、先ほどから空いたペットボトルを片手に暖炉の前で、よく分からない歌を熱唱していた。

 トムテも酒が回ってきたのか、その歌に合いの手を入れ始め、歌声はどんどんと大きくなっていく。

 そこからさらに遅れて一時頃、マニングが合流を果たし、クリスマスパーティーは一層の盛り上がりをみせたのだった。

 こうして幸福な夜は雪の深まりとともに、しんしんと更けてゆく。

 まるで記憶の間隙を埋めるかのように、どこまでも。










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