雪夜、二人のとき

「——そういえばさ」

 オリヴィアは、赤いマフラーに顔を半分隠したまま話を続ける。

「あなたがここに来た日、トムテの店で話そうとしていたこと、憶えてる?」

「憶えてるよ。先生が来て途中で終わっちゃったやつでしょ?」

 前を行くオリヴィアは少し歩調を緩めた。

「そうそれ。せっかくだし、聞こうと思ってさ」

「別にいいけど……」

「ありがと」

 そういった彼女の声は少し弾んで、どこか嬉しそうに聞こえる。あの時と同じように、きっと目も輝かせているのだろう。

「私ね、この島の外のことが知りたいの。だから、その……。あなたがほとんど憶えてないのは私も分かっているんだけれど、もし何か憶えていることがあれば、それだけでも聞かせてほしいの」

「それはいいけど——、本当に大したことは憶えてないよ?」

「それでもいいの」

 半ば被せるように響く彼女の声。

 どうやらオリヴィアは心を決めているようだ。ここ数週間一緒に過ごして分かったが、彼女は一度決めればてこでも動かない。

 俺は空に目を向け、数少ない記憶の中を探る。

 と、そこに一台の車が通りかかり、俺はふと思いついた。

「日本の車は右ハンドルなんだよ」

 大通りを走りすぎる車を見て、咄嗟にその思い付きを俺は口にした。そしてそれと同時、後悔も同じく俺の中に生まれてしまった。

 いや、他にもう少しあっただろう、と自分で自分を殴りたくなる。

 が、どうやらオリヴィアにとっては初めての情報だったらしい。

 本当? と言いながら彼女はくるりとターン。オリヴィアは俺の方に電飾を浴びてカラフルに輝く目を向ける。

 瞬間、僅かに高鳴る鼓動。自分の頬が熱くなるのが分かった。

 向かい合った彼女の眼から咄嗟に目を逸らす。

「あとは、えっと、そうだな——。日本は富士山っていう大きな山があるんだよ。昔から日本の歌にもよく出てきて。たぶん信仰もあると思うよ」

「へぇ」

 興味深そうにオリヴィアは俺の話を聞いている。

 さっきまで前を歩いていたのに、ターンして以来、彼女はずっと俺の横で興味深そうにこちらを見ながら歩いている。

「……見てみたいわね。霊脈も気になるし——」

 そうしてこの島の外の話をしていると、あっという間に俺達は待ち合わせ場所であるトルフィの店の通りまでやってきてしまった。

 こちらは先ほどまでの大通りに比べ、街灯も、明かりのついた建物の数も少ない。寒い空気に身をすくませながら通りを見渡すが、待ち合わせをしているはずの彼女の姿はどこにもなかった。

 そこで俺とオリヴィアは彼女が来るまでの間、通りで一つだけ明かりのついた街灯の前で静かにトムテを待つことにしたのだった。


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