聖なるかな、幸福な夜

 二か月後 クリスマスイブ

         魔導基礎科付属寮 旧一号棟


「宮代君、リヴィ。二人にちょっとお使いを頼みたい」

「お使い?」

 意図せずに声がそろう。俺も彼女も今は朝から続く飾りつけの手を止めて休憩中だった。そんなひと時のブレイクをブレイクするようなお願いは、正直お断りしたいところである。

「今日も仲がいいね、二人とも。まあお使いといっても簡単だよ。トムテのところにケーキを取りに行ってもらいたいんだ」

「ケーキって、今もう六時過ぎてるけど。帰ってきたら確実に十一時過ぎよ?」

 オリヴィアは正気? とでも言うかのように訊き返した。

 ここ数週間暮らして分かったが、この島、車を持っていない俺達には酷く便が悪い。自転車はあるにはあるが、ケーキを運ぶという任務にやつらは向いていない。というか、それ以前に冬なのでアイツらは現在進行形で倉庫の中で冬眠中である。

 というわけで、俺達に残されているのは徒歩という手段だけ。

 うむ。真冬の雪の中を可愛い少女と二人で歩く憧れはあるが、今日は雪も降っている。正直言えば行きたくないところだ。

 と、そんな俺の思いを黙らせるかのように、アーサーは餌を撒いた。

「そうか。トムテは他にお土産を用意しているらしいんだが……」

「ほんと!?」

 オリヴィアの目が輝く。

 それはずるいだろう、と俺はオリヴィアと顔を見た。

「行こ、宮代」

 そう来ると思った。ああ言われたのならオリヴィアは行くしかない。

 それに俺も、 これまでトムテにはさんざん世話になってきたというのに、イブの雪の中を一人で歩かせては、恩を仇で返すようなものだ。

「トルフィの店の通りで待ち合わせることになっている。たぶん君達の方が早く着くだろうから、待っていてあげてくれ」

 コートを着て身支度を整える俺とオリヴィアに向かってアーサーは言ってきた。

「それと、これ」

 そうしてアーサーから手渡されたのは温かいペットボトルのお茶。

 ありがとうございますと、言って俺達はそれを受け取り、ポケットにしまうと冬の夜に繰り出した。

 ザク、ザクと、白い地面に足跡が伸びていく。いつの間にか雪は小降りになっていたようで、傘は荷物になるから、とオリヴィアの提案で置いていくことになった。

 いつもなら人でにぎわう通りも、イブということもあって人はまばらだ。皆、家で家族と過ごしているのだろう。

 人気の無い大通りにオリヴィアと二人きり。薄オレンジ色の街灯と街を彩る電飾が前を歩く彼女を明るく照らし出す。

 時々横を走り抜ける車は道路に刻まれた轍の上を滑り、通りの向こうへ消えていく。

「いやー、早かったわね。もうクリスマスよ」

オリヴィアは雪が降り注ぐ空を見ながら白い息を吐き出した。

「それはそうと、あなたよくラムスドルフと仲良くなれたわね。奇跡じゃない?」

「ああ。いや、あれはオリヴィアのおかげというか、何というか」

「?」

 オリヴィアは街灯の下で立ち止まって首を傾げた。俺はマフラーに顔をうずめたまま、彼女の顔を見つめ返す。

 何というか、こんなことになるとはな……。

 可愛らしいルームメイトと貴族の同級生。まったく、想像していなかったことばかりだ。

「……ま、いいけど」

 オリヴィアはふいっと正面に向き直り、再び通りを歩き始めた。

 トルフィの店のある通りまではもう少し。

 何も無いとはいえ、俺はこの二人だけの時間が少し名残惜しくもあった。

「そういえばさ——」







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