一難去ってまた一難

コミュニティ中央 ノーブルスクエア


 真っ先に外に出たのはオリヴィアだった。抱えたビニール袋は言うまでもない。

 車を降りたアーサーはそんなオリヴィアを気にかけているが、あれでは火に油だろう。何せ顔の割れている犯人が被害者に大丈夫か、などと声かけしているのと変わらない状態だからだ。

 俺も、車を降り初めて踏み入れる島の中央をぐるりと見まわす。

 立ち並ぶのは時代などを無視した古代の神殿や劇場のようなものから、現代の都会にあるような摩天楼まで。

 ありとあらゆる時代の建築物を網羅しているといっても過言ではないだろう。そのくせどうしてか、他の島とは違って道は綺麗に舗装され、自動販売機や現代風の街灯が立っていたりするのだから、いよいよ本当に頭が追い付かなくなってくる。

 ラッカーズサークルが横に広がるものをかき混ぜた場所なら、ここノーブルスクエアは縦に広がる歴史をぐちゃまぜにしたようだ。

「宮代君、君は大丈夫か?」

 その言葉とともにペットボトルに入った水を渡される。その水はオリヴィアにも渡されていたようで、彼女は一つだけ極彩色に彩られた神殿ような建物の下で座り込んでいた。

「俺は大丈夫ですよ。ちょっとふらつきますけど」

「そうか、なら良かったが……。とりあえず、オリヴィアのところまで行ってきてくれるかな? 私は学長ピタゴラスがいるかどうかの確認をしてくるから」

 歩きながらそう言ったアーサーはオリヴィアの背後にある神殿の中へと入っていった。

「大丈夫?」

 いまだ青い顔の少女に声をかける。すると、少しの間が空いて返事が返ってきた。

「落ち着いてきたわ……。今日のは特段酷かったけど」

 恨めしい目が宙を漂う。

「……俺の水、いる?」

 気まずくなった俺は手に持ったペットボトルを差し出した。

「ううん。そこまではいらないわ。大丈夫。あとはゆっくりしていれば――」

 と、オリヴィアが言いかけたところで、大きさと陽気さの突き抜けた笑い声が辺り一帯に響いた。

「ふふはははは!」

それが聞こえたのは丁度真上、神殿の屋根からだ。

 気になって顔を向けるが運悪く逆光でよく見えない。が、声質からして声の主は女性だろう。

「ご苦労だったな! 来訪者よ!」

 声は姿無きまま続ける。

「噓でしょ……」

 笑い声を聞いてオリヴィアが頭を抱えてぼやいた。

「あの声は……?」

「……あれが学長。折り紙付きの変人。話は通じないし、勝手に自己解決するし、全部見透かすように話すクソ野郎。……あと私の嫌いな人」

 オリヴィアはため息交じりに最後の言葉を付け足した。

 いや待て、学長はピタゴラスだったよな。男じゃないのかよ! 

 理解の追いつかぬ間に声は次の文言を口にする。

「よくぞ来てくれた。歓迎するよ!」

 含み笑いをしながらそう言った声は、素に戻ったかのように声の調子を変えてさらに続けた。

「マニングからの推薦もあったことだしね」

「学長!」

 そう言って飛び出してきたのは先ほど中に入っていったアーサー。

「あの、学長。彼の入学について――」

「それならもう言っただろう」

「では彼の所属については――」

「そういえばさっき飛行場の方が騒がしかったけど、なるほどね」

「あの、学――」

「ランドルフ。近々お茶でもどうだい。久しぶりに。最近君まったく顔を出さなかっただろう?」

「ええ、次は。それより――」

「近いうちに霧が出そうだな」

「え?」

「必要なものはもう君の車の中にある。私はもう帰るよ。それじゃあ次の茶会を楽しみにしているよ。……頼むから、必ず一緒にね」

 その言葉を最後に、声は消えてしまった。

 俺はオリヴィアを見る。すると彼女は「ね?」と言わんばかりの表情で俺を見返してきた。

 これにはさすがのアーサーもため息を漏らす。

 とぼとぼと疲労困憊の顔色で車の中を漁った彼は何かを見つけると、再び俺達を車の中へと招き入れた。

「うん。色々あったが宮代君のための書類は手に入れた。というわけで、君も今日からコミュニティの一員、カレッジの共同学部の学生だ」

 エンジンをかけ、ビニール袋を再びオリヴィアに渡しながらアーサーは言う。

「帰ろう」

 その言葉とともにつかの間の平和、といっても特大級の嵐が通ったが、とにかくそれは終わりを迎えた。

 そして再び始まるのは胃袋との闘い。

 地獄の超速ドライブここに再び開園。







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