死のドライブ
アーサーの車の中
「さっきも言ったが、これから向かうのはこの島の中央。ノーブルスクエアと呼ばれるところだ。大まかに、魔術世界のトップが集まっている場所と思ってくれればいい」
そう言っているアーサーは現在進行形で狭い裏道をありえないような速度で爆走している最中。
遡ること十分前。トムテの店を後にした俺達は、アーサーの車に乗り込み、俺のこれまでの旅路について話していた。
その間、幹線道路を逸れた車は速度を落とすことなく狭い路地に入り込み、以降この状態である。
直線で速度をを上げたかと思えば、ドリフト気味にカーブを曲がって人のいる道路を突っ切る。
運転者側はどうか知らないが、乗っているこちら側としては気が気でしょうがない。そっと隣に目を向ければグロッキー状態のオリヴィア。均整の取れた顔立ちが台無しだ。
吐かないように口元を押さえているが、それも時間の問題だろう。
前に目を戻せば今にでも事故りそうな恐怖映像の嵐、横を向けば吐く寸前の美少女。
うん、どちらもまっぴらごめんだ。
俺は仕方がなく側面にある窓の外を見ることにした。といっても恐怖映像味が少し薄れた程度のもので、気を緩めれば窓に顔から衝突してしまうわけだが。
「それで、宮代君。何か聞いておきたいことはあるかい?」
アーサーはハンドルを回す。
それはある。まず第一にこの運転はどうにかならないのかということ。だが聞いているのはそういうことではないだろう。であれば、引っかかるのはあの言葉……。
「えっと、さっきピタゴラスって、言いましたけど。なんで名前が、出るんです、か? そんな、何千年も前の、人が?」
下を噛まないように、顔をぶつけないように、それでいてスムーズに話す。この状態でそんなことが出来る人がいるのならぜひやってみせてほしい。
きっと誰もできない。
「ああ、それなら簡単だよ。ピタゴラスはカレッジの学長だからね」
失礼、例外が目の前にいた。
それはそうと、今の言葉には疑問を覚えざるを得ない。それはあれか、ピタゴラス何世みたいに襲名性のものということか。
それとも、恐ろしくも何千年も生き続けているということだろうか。
「学長は気難しい、というか話が通じない人だから覚悟はしておいてもらえると助かるな」
そんな人が学長で大丈夫か、といいたくなるが我慢我慢。さもなくば舌を噛むことになるぞ。
「きっと、君も疑問に感じているだろうから答えておくと、ピタゴラスという名は襲名ではない。が、特定の個人を指すものでもない。その名前はある特定の魂を指す言葉だ。本人曰く、ピタゴラスという名前が一番浸透しているからそう名乗るだけだといっている。ただ、一つ明確に言えるのは、古代ギリシアに生きたピタゴラスその人の精神を持った人物に私達はこれから会いに行くということだ」
揺れる車内でアーサーは饒舌に語る。ピタゴラスの同一性について。
正直、魂うんぬんかんぬんは、まったくもって理解の外だ。とにかく、新しく判明した情報として俺達がこれから会うのは古代のピタゴラスその人と同じ中身を持つ人間であるということ。
まったく、どんな手段を使えばそんなことが出来るのだと思うが、魔術とかいう常識外が存在する世界だ。それを為す手段がどこかしらにはあるのだろう。
「ところで宮代君。リヴィはまだ生きているかい?」
その言葉にはっとして隣を見る。そこでは決壊寸前の少女が青い顔をしていた。
俺はそれを見て必死に首を横に振ってアーサーに知らせた。ルームミラー越しにそれを確認したアーサーはビニール袋を俺に差し出し、オリヴィアに渡すよう指示する。
俺はそれに従い、その袋をとなりの少女に渡した。
その後は目を背けたので見てはいない。自分がもどしているところとか、見たくないし。
そんな事件を車内で巻き起こしつつ、酷いゆれに揺られること約一時間。真っ青に染まる海を二度渡り、俺達はこの島の中心であるノーブルスクエアとやらに到着した。
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