邂逅 2

純白の街 都市喰い出現跡地

 

 少年は「生還者」というイレギュラーに想いを馳せながら、強い風圧と青い光を伴って純白の大地に白き異形を顕現させた。

 空から降り注ぐのは刺すように鋭い月光。宙を雲のように漂う白き異形は、その姿とは裏腹に大地に黒い影を落としている。

「おいおい、そいつでここら一帯を焼き払おうってか?」

 完全な意識の外から響いてきた声。

 白い大地に姿を現した碧眼の男は、顔を曇らせる少年にそう尋ねた。

 虚を突かれた少年は、振り返りざま、反射的に攻撃用に魔術を展開させる。

「いや待て待て。お前らとドンパチやる気なんかねぇ。だからそのいつでも殺せますっていう構えはやめろ」

 男は仰々しく怯えたふりをして、手で頭を覆う仕草をしてみせた。

 少年は、突然現れた純白の異形を前に剽軽(ひょうきん)な態度を崩さない男を注意すべき人物であると早々に断じ、彼の一挙一動に注意を払いつつ気取られぬように防御術式に幻素を流す。

「……いいだろう。だが不審な動きがあれば即座にお前を粛清する」

 少年は言葉に僅かな敵意と威圧感を持たせ、男へ言い放った。だがそれに対し、男は異形に目を向けながら無防備にも言葉を紡ぐ。

「……お前、それじゃあただの化け物じゃねえか。俺はてっきりもっと神々しいもんだと思ってたぜ、天使ってのは」

「――!」

 少年は気取られまいと驚きを噛み殺した。

 なぜなら、今しがた目の前の男が軽率にも言い放ったその言葉は、少年の用いる魔術の一端の看破に他ならなかったからだ。

 この男は油断ならない。そんな思いが少年の脳をより早く回転させる。

 とはいえ、彼が行ったのは彼の魔術の上辺、ただの上澄みをすくい取ったに過ぎない。

 だが、たとえ上辺だけだと言えど、そうして解体された威光は輝きを失うのが常だ。天は天にあるからこそその意味を持つ。

「別に、驚くことじゃない。俺達みたいな野良はお前らを恐れてるんだ。多少の研究くらいはするさ。これでも魔術師のはしくれだからな」

 男は少年の心を読んだかのようにそう言った後も、さらに続ける。

「そういえば、この辺でこれくらいのガキを見なかったか?」

 男は胸のあたりに手を当て、「ガキ」の背丈を示した。「……。いや、見てないね」

 顔をそらし、少年は答える。

「本当か? 嘘は良くないぞ少年。それも年寄り相手ならなおさらな」

 男はじっと年の顔を覗き込む。

 数瞬の後、その圧に負けたのか少年は口を開いた。

「あー、分かったよ。居た。居たし捕縛した。これで満足か、ジジイ」

「ジジイって、お前。俺はそこまで歳とってはいねえよ」

 男は間髪入れず、少年の言葉に反論を飛ばす。が、虚しくもその反論は少年の次の一言であっけなく灰燼に帰してしまった。

「いや、お前さっき自分で年寄りって言ってたじゃねえか」

「……。あー。そうだった。そういやそんなこと言ったな」

「やっぱボケてんじゃねえか」

 少年は小声でそう呟いたのだが、その言葉は男の耳にしっかり入っていたようで、男はまた何か言いたさげに口を開こうとした。

「何をしてるんですか。マニング」

 しかし、碧眼の男の行為はまたしても二人の意識外から響いたその言葉によって遮られる。

「何しに来た。グインド」

 マニングは新しくやって来た男に向かって問いを投げた。

 その言葉にはどこか棘があるようにも感じられたが、グインドはそんなこと気に留めた様子もなく二人のそばへと歩み寄って来た。

「何しにって、あなたが遅いからでしょう。そうして来てみればまた新しく一人増えてますし」

 グインドはそう言ってマニングの隣に立つ男に向かって警戒心を露わに、牽制するように目くばせをした。

「やめろ、こいつもあのガキと同じだ。痕跡の一つ。重要な資料だ」

「おいおい、決めつけんな。俺は何も話してねえし、話す気もねえぞ」

 男はそう言うと口を真一文字に結んで腕組みをしてみせる。

「お前ガキか」

 マニングが苦い顔をしながら言った。

「こっちは商売してたところでいきなり街が消えちまったんだ。それもきれいさっぱり。かと思ったら、今度はお前達執行官だ。こんな踏んだり蹴ったりの状態で、はい分かりました、の二つ返事が出来るかってんだ」

 男は今の彼の置かれている状況について早口でまくしたてたせいで少し息を荒くしている。

 完全に街の気配の消え失せた白い大地に僅かに白んだ息が溶け込んでいく。

 世界に現れた異形は相変わらずだ。俯いたままの姿で白い世界に黒い影を落とし込んでいる。影になった顔には鼻孔はおろか目の形すら見えない。

「まあ。お前の事情は分かった。だが、そう頑なになるな。俺達はそこらの執行官じゃねえ。天権代理だ。

 ――意味は分かるな?」

 マニングがそう言うと、男は目を丸くし、同じく天権代理だと紹介されたグインドを見やる。まるで信じられないというかのような表情をした男を前に、グインドはさも当然かのように頷いてみせた。

「まあ、そういうわけだ。それを踏まえた上でもう一度確認を取ろう。俺達と来るか? それとも――」

 マニングのその言葉に男は食い気味に答えた。

「んなもん、選択肢が無いのも同然だろ。……お前、性格悪いって言われねえか?」

「よく言われる」

「よく言われますね」

 二人の天権代理はほぼ同時に答えた。

「ああ、行くよ。というか、これで行かないとか答えるやつはほとんどいないだろ。逃げたら詰み、従ったら一縷の希望でお咎めなし。どっちがいいかは明白だからな」

 男はそれまでの反抗的な態度とは打って変わって、降参を示すかのように両の手を挙げた。

「なら決まりだ。グインド、こいつも車に連れていけ」

「手は押さえなくていいぜ、兄ちゃん。反抗する気はないからな」

 男は背後に回ろうとするグインドに向けて言った。

「決まりですので」

 淡白にそう返したグインドは男の後ろに回り、その両手をきつく縄で結びあげ、車の方へと連れて行った。

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