偽装工作
二人を見送ったマニングは中断された仕事を済ませるため、鋭き月光差す純白の大地に向き直る。
「……やるか」
そう言った少年は瞼を閉じ、目の前の空に向けて手を伸ばし言葉を紡いだ。
「始原の大家が一つ。ドロテシア家血族、ドロテシア・フォン・マニングがこの名の下に命ずる――」
そういった彼は、この世の原理へと通ずる最後の言葉を静かに、ただ一言だけ告げた。
「――偽れ」
その少年の言葉に呼応して、人形のように力無く垂れ落ちた異形の腕は輪郭を失い始める。
夜山を包む薄霧のように定形を失った異形の腕は、街だった白い大地の上に新雪のように降り積もり、その地に新たな幻想の街を構築し始めた。
異形の雪から生じたアスファルトはさながら樹木のように幾重にも枝分かれを繰り返しながら山間へと伸び、白い大地を覆い隠していく。
そして、残った白い大地にはこの季節に見合わない新緑が育ち、天に届くほど高く伸びると、互いに絡み合ってビルへと形を変えたのだった。
出遅れた緑はそのまま建造物の横で枯れ木になり、葉を散らして、大地に落ちたそれらは様々な形を成すことで幻想の街に新たな命を芽吹かせる。
「――まあ、このくらいでいいだろ」
そう息をついた少年は異形を見やった。
顔の無い純白の異形。されど、天権が一つ。何人も侵せぬ神秘の形だ。
だが、顔の無いソレはもはや役割を終えている。夜風に晒された天権は次第にその存在を薄くし始めていた。
そうして、少年が静かに「ありがとう」と口にする頃には完全に溶けて星空へと消えてしまっていたのだった。
異形が消え去ると少年は深く息を吸い込み、生まれ変わった街を眺めた。
家の窓には明かりが灯り、道路には人と車が溢れていた。
行き交う人達は皆秋の装いで、新たに敷かれた道路の横には並木が伸びている。賑わいもまるで本物の街のようで、誰が見たとしても、それは偽物ではないと言うことだろう。
「これで元通りっと」
少年はどこか誇らしげにそう独りごちていると、見計らっていたかのようにタイミングを合わせて霊柩車のように黒い一台の車がやって来た。
「相変わらず、丁寧な仕事ぶりですね」
グインドは停車した車の運転席から、道の真ん中に立っていたマニングに声をかけた。
するとマニングはまんざらでもないように、その童顔でにんまりと笑って振り返ると……。
地面へと倒れ込んだのだった。
それを見たグインドはため息をつくと車を降り、地面に倒れた少年を抱え上げて助手席へ乗せた後、幻想の街へと車を動かした。
「おいおい、大丈夫か。こんな奴に天権代理なんかやらせておいて」
手首に巻かれた縄を指先でいじりながら碧眼の男は口を開いた。
「ええ、大丈夫ですよ。マニングはやるときはやる人です。……それに、彼も私もまだ人間ですので」
何かを噛み締めるかのようにして男へそう返事をしたグインドは新たに敷かれた道に車を走らせていった。
こうして何事もなかったかのように偽物の街は再び動き出す。
誰に知られることもなく、いつ崩れ落ちるとも分からぬ危うき幻想の上で。
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