幕間 グレート・スリー東部
グレート・スリー東部
「ねえ。先生。魔法って結局何なの?」
少女は机の上でだらけ切った恰好のまま、上目遣いで口を開いた。
「そうだな……。一言で言えば、奇跡のこと。
他に言い換えれば、原初の一から流れ出た力そのもの。
世界を支配し、形作る法則のその外側に位置する別次元の力だ。とはいえ、私もそれを修めているわけではないからね。正確にどんなものであると言い切ることはできない。
とりあえずは、絶対的に起こすことのできない現象のことだと覚えておけば常識として問題は無い」
「ふぅん……。奇跡ね――」
不満そうな響きを伴いながら、耳の尖った女生徒は目の前に座る老齢の男に聞かされた言葉を静かに繰り返した。
彼女の前に座る男はというと、白いティーカップを片手に優雅に午後の閑暇を過ごしている。
「……それでさ、今日は何かあるの? 言われた通りどこにも行ってないけど」
少女はふいに本題に入った。
「何か用事があったのだとしたら、それはすまなかった」
老齢の男は紅茶を味わうようにして閉じていた瞼を開くと、目の前の彼女に用事など無いということは分かっていながら、嫌がらせのようにあえて謝罪を行った。
「別に――、用事は無いけどさ……」
女生徒が顔を背けながらそう言うのを見て男はさらに嫌らしくも質問を重ねる。
「久しぶりにお父さんのところに帰りたかったとか?」
「――はぁ!?」
男は顔を赤らめて振り向いた少女に冗談だよ、と言って笑いながら、その視線を机の上に置かれた時計にそっと移した。
「はぁー、からかわないでよ」
女生徒はそう言って赤らんだ頬を冷ますために手でパタパタと顔を仰いでみせる。
彼女の癖だ。
「てか、そんな甘えたがりの年齢なんて私とっくに終わってるから! いつまで子供として見てんのよ! 保護者面もそこまで行くと病気の域だっての!」
そんな逐一心を抉るマシンガンのような批判も老齢の男には通じないようで、彼はそのすべてを笑って受け流してみせる。
「まあ、一旦落ち着いて。すまなかった。――話の本題といこう」
男は手を組み、真剣な表情に転じる。
その雰囲気に気圧されてか、さっきまで小鳥のようにうるさく騒いでいた彼女も思わず口を閉じ、息を飲んで次の言葉を待つ。
「今日、君をここに呼んだ理由は――」
昼過ぎの暖かな日の光の差し込む小さな一室に僅かな緊張が走る。
女生徒はそんな中で早まる自分の心音に鼓膜を震わせながら、静かに唾を飲み込んだ。
「なんと――」
再び数秒の沈黙が二人の間に体を横たえた。
が、それを八つ裂きにするかの如く彼女の声が続きを催促する。
「先生。引きが長過ぎ。もうそういうのいいから、早く」
老齢の男はその言葉にあからさまに肩を落としてため息をつく。
「ああ、分かったよ。――最近ノリ悪くないか?」
「いい年してノリとか言わないでよ」
「相変わらず言葉が鋭いなぁ、君は」
男は少し遠い目をして天井に視線を泳がせる。
「……明日からここに新たな人間が加わる。まあ、君のルームメイトというやつだ」
一瞬、女生徒は何を言っているのか分からないというように男の言葉に首を傾げてみせたが、次の瞬間には身を乗り出し、「はぁ!?」と大きな声を廊下にまで響かせた。
廊下に反響して外にまで漏れ出た声は雲一つ無い秋空へとこだまする。
外を歩く魔術師の幾人かが振り向きはしたが、その誰も足を止めることはない。だが、誰も気にも留めなかったその地には、世界を揺るがす新たな熱が灯ろうとしていたのだった。
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