トムテの金物屋にて 

「それで、一応カレッジについても話しておきたいんだけど……」

 足を止める。そこにあったのは先ほど見えた窓の小さな集合住宅、の一階にあるショーウィンドウ。どうやらここがそのトムテの店というところらしい。入り口は交差点の角にある。

「あれ、いないのかな」

 オリヴィアはぼそりとそんなことを言う。その言い草は予想の外れた子供のようにも見えた。

「ま、いいか。行こう」

 そう言ってオリヴィアは躊躇なく暗い店の扉を開けた。

「トムテー。いないの?」

 暗い室内。返事は無い。どうやら本当に留守のようだ。

「先生が来るまではここで待機。適当に見て回ってもいいわよ。触らなければ」

 そういったオリヴィアはまるで自宅のようなスムーズな足取りで店の奥へと消えていった。

 見て回ってもいいといわれても、と店内を見まわす。

 店内には刃渡り一メートルを超えるであろう薙刀のような武器から、圧倒的に時代遅れなフルプレートの鎧、かと思えば、現代女子が身に着けていそうなアクセサリーがショーケースには並んでいる。

 おそらくオリヴィアのつけている指輪やブレスレットはここで購入したものだろう。同じ植物柄の意匠の凝らされたものがそのショーケースの中には並んでいた。

 そんな俺とは縁もゆかりも無いであろう物品を横目に、オリヴィアの後を辿るようにして俺は店の奥に入っていった。

「どう? いい店でしょ?」

 奥の部屋に入るなり、オリヴィアは俺に向けてそう言ってきた。

 どう、と聞かれても俺にアクセサリーやら時代遅れの骨董品の査定なんてものは出来ない。けど、言えることもある。それは単純なこと。

「勝手に店に入っても良かったの?」

 その俺の問いかけにオリヴィアは、「なんだ」と言って大したことのないように答える。

「それなら気にしなくていいのよ。ここ母さんの店でもあったし。実質私の実家みたいなものだから。たまにトムテに頼まれて店番もするしね」

 そういった彼女はいつの間にか取り出していた器に冷蔵庫から取り出した水を注ぎ始めた。

「適当に座って」

 彼女は振り返ることなく言う。

 なら遠慮なく。俺は近くにあった椅子を引いて席に着いた。

 こうして一息ついて部屋を見てみると、トムテという人物の精神が心配になってくる。壁に窓は無く、部屋の明かりは店のショーウィンドウから差し込む光りだけ。今はまだ昼過ぎだからいいものを、あと数時間もすればこの部屋は完全な闇にとらわれる。果たして、ここに住むのは日の出とともに行動を開始する原始的生物か、それともただの変人か。

「お待たせ」

 そう言って俺の視界に戻ってきたのはオリヴィアだ。手には先ほど入れていた水と僅かな菓子を持っている。

「さて、話の続きだけどその前に。私からも聞きたいことがあるからさ、後で答えてもらってもいい?」

 少女の目は暗がりでも輝いている。

 昼の海を思わせる淡い青。さながらその光景は闇に浮かぶ命のちきゅうのように。

「いいけど……」

「本当に!? やった!」

 俺が言い終わる前に少女はかわいらしくガッツポーズをきめた。

 その仕草に思わず心臓が高鳴る。

 その童謡を気取られまいと、俺は必死に表情筋を固定して平静を装った。

「さて、しっかり言質も取ったところで話の続きね。えーっと、カレッジについてで合ってる?」

 その問いかけに俺は頷き一つで返事をした。声を出せばきっとこの高鳴りは気取られる。

「オーケー。カレッジからね。カレッジはこの島の二層。八つの島から出来てるわ。それぞれの島がカレッジの学部に割り当てられていて、北側から時計回りに天体学部、共同学部、形而学部、生物学部、心像学部、構築学部、考古学部、言語学部の順で並んでる。一応私はまだ共同学部。たぶんあなたも入学したら共同学部に配属されるはずよ」

「……なるほど。学部が色々あるっていうことは分かった。けど共同学部ってのはどんなことをするんだ? 一番イメージ湧かないんだけど」

「うーん。一言で言うのは難しいわね。魔術師としてやっていくに当たって必要な能力を養うとか言ってるけど、怪しいところだし。魔術理論についてだったり術式、歴史、体術、あとは他の学部の基礎になるようなこととか、一般社会のこととか。色々。基本的には六年間共同学部に所属して、そこから他の学部に籍を移すわ。四年目からは他の学部の講義も取ることが出来るようになるし、退屈なのは最初だけよ」

 なるほど。いったいなぜ体術などが必要になるのかというところが疑問ではあるが、それはいったんスルーしよう。

「今私がいるのはランドルフ教室っていうところ。前までは他の場所にいたんだけど色々あってね。でも、先生の教室はのびのび出来るわよ。人も少ないし。というか、今は私だけだしね」

 そういった彼女はカップの水を飲む。優雅に、まるで紅茶を嗜む気品を感じさせるように。

「まあ、私からはこんなところかな。何か質問は?」

 その問いかけに一瞬だけ思考を巡らせる。が、特にこれといって聞きたてることもなかった俺は、特に無いと言ってその思考を切り上げた。








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