ラッカーズサークル

 大理石のように白い橋は、少し黒くなり、灰色の道路へと続いている。両側には現代的な住宅が立ち並んで、このブロックの先には大きな幹線道路のようなものも見えた。さらにその奥には窓の小さな集合住宅のようなものも見える。

「それなら、ここはどこか聞いてもいいですか? 地理的な話で」

 それを聞いたオリヴィアは、歩きながらうんうんと頷いている。

 彼女が何に納得しているのかは分からないが、俺がこの質問をした理由は単純明快。この通りに差し掛かって見えた風景だ。一般に建造物にはその風土に合わせた特徴が出やすい。そうでなくとも、人の服装や雰囲気くらいはそういった特徴が出るものだ。だが、この通りはてんでバラバラ、国や風土の特徴などお構いなし。全てが入り混じって立ち並んでいるせいでここが南の太陽なのか、北の雪なのかが掴めなかったからだ。

「まあ、悪くない質問ね。ところであなた、世界地図は頭に入ってるわよね?」

 今なんと? 馬鹿にされているのか、俺は?

「当たり前だろ。さすがに入ってるよ。常識だ。細かい国まで全部かといわれればそんなことはないけど、大陸とか海の名前程度なら憶えているさ」

 僅かに憤慨して語気を荒くする。

「なら良かった。昔の大陸なら全部覚えてるとか、そういう人ならいるんだけど……。そういうのを相手に外の話をするときとか大変なのよね。ま、それはそうと本題ね。ここは大西洋に浮かんでる一つの島。東に行けばジブラルタル海峡、西に行けばアメリカにぶち当たるわ。といってもそのどちらも私はどんなところか知らないけど」

 なるほど、最後の言葉は引っかかるが、それは理解出来た。けど。

「こんな目立つ島、その辺りには無かったと思うけど」

「当たり前でしょ。逆に訊くけど、あなた今まで魔術とかが実在するって聞いたことあった?」

 確かに。それは、無い。

「無いでしょ? 隠してるの。魔術が科学に堕ちないようにするために」

「でもどうやって?」

 そう、これは当然な疑問だ。ここまで大きな島はそうやすやすと隠せるものではない。ならばどうやって世界相手にペテンを働いているのか。これは大きな関心事となる。

「さあね、国のトップを掌握してるのか、それとも何かしらの原理を使ってカモフラージュしてるのか。申し訳ないけどそこまでは分からないわ」 

「なるほどね。なら、戒規省っていうところが世間に働きかけてるのか?」

 原理という言葉に疑問を抱きつつ、それとは別に今の話題を続ける。

「うん。……まあそんなとこ。覚えがいいのね」

「いやまあ、少し考えたらすぐ分かることで、俺のところに来てたマニングは相当強いんだろう? そして俺の街は魔術的な被害に遭った。ならその元凶に対処しに来たと考えるのが筋なわけで。であれば、それを統括している戒規省が人の世界と魔術世界の間の線引きをしているのかなと……」

 俺のその言葉を聞いたオリヴィアは感心した表情で立ち止まった。

「あなた、意外と頭回るのね。でも残念、少し違うわ。線引き自体をしているのはあの憎き監査会よ。戒規省はその下請けってところね」

 オリヴィアは再び歩き出してそう付け加えた。

「ならマニング達もその下請け業者ってこと? あまり立場的には上じゃないのか」

「ううん。あの人達は天権代理っていって、その戒規省の中でも独立した組織よ。下請けをするのは普通の執行官っていう連中。天権代理は何千人もいる執行官の中でも特に強い人達って思っておけばいいわ。その天権代理は主に一般社会と魔術社会のバランスが崩れそうな大事件だったり、世界を滅ぼしかねないような儀式を強制的に止めるために派遣されたりするの。といっても、最近じゃそんなのほとんど無いから、ここグレートスリーの警備だったり執行官の育成がメインかな」

 意外と平和なんだな、魔術世界。と思うとともに、俺は再びその単語に出くわした。

「グレートスリーって?」

「ああ、それもか。グレートスリーっていうのはこの島のことよ。飛行機で来たのなら分かると思うけど、三層構造のこの島への畏敬を込めてそう呼ばれるの。一層目はここ、ラッカーズサークル。商業の中心地。二層はカレッジ。三層目はノーブルスクエア。だいたい使うのは一層と二層だけで、三層目は何かやらかさない限りは行くことなんてほとんどないわ」

「へぇ。反対側に行くときのショートカットにも使えそうだけど」

「稀にそうして使う人もいるけど、大抵はまずあそこには入りたがらないわね。何せカレッジの学長だったり、監査会の本部だったり、普通は近づきたくないものの宝庫だもの、あそこ」

「嫌われ過ぎじゃない?」

「自業自得よ。前に出ることもしない頭でっかちしかいないんだもの」

 そう言ってオリヴィアは話題を次へと進めた。




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