日常 3


 静かだった教室に雑音が溢れかえる。

 今日の別れまでの僅かな時間を共有しようと、人々は次々に席を立ち、友人の場所まで向かって行った。

「なあ、宮代。今日の放課後一緒にカラオケいかね?」

 そう話しかけてきたのは、中学生の頃から付き合いのある広田ひろたという男子生徒だった。

 見た目は完全に不良。

 金色に染められた髪に、耳に開けられたピアスや着崩された制服。

 見るものを威圧するような目をしており、噂に聞くところによれば、広田が食堂に行った際には下級生が道を譲って、まるで出エジプトの海割りかのようであったとか。

「いいや、今日はやめておくよ」

「どうした、つれないな。……彼女でもできたか?」

 冷やかすように広田は笑う。

 女遊びをしてそうな見た目をした広田だが、俺が知る限りこいつにも彼女がいた過去は存在しない。

「そんなわけあるか。ただちょっと妹の誕生日があるだけだよ」

「……そうか。ま、そういうことならしゃーねえな。秋帆ちゃんのことしっかり祝ってやれよ」

 広田は一瞬残念そうな表情を浮かべたが、すぐにいつもの不良と勘違いされそうな顔に戻って、俺と同じ昔馴染みでもある妹に話を切り替えた。

「広田兄ちゃんがおめでとうって言ってたよ、とか伝えておいてくれよ」

「出来たらな」

「出来たら?」

 訝しむように広田は距離を詰めてきた。

「そう。出来たら」

「出来るだろ。逆にできないなんてことあるのか?」

「あるんだよ。ここ最近秋帆の顔すら見てないからな」

 広田はさらに不思議そうな顔をした。

「同じ家にいるのにか?」

「そうだよ」

「……ふぅん。まぁ、それぞれだからな。変に口出しはしねえよ」

「そうしてもらえるとこっちも助かる」

「まあそういうことなら、今日はいいわ。また空いてるときな」

 そう言うと広田は手を振って静かに自分の席まで戻っていった。


 広田が着席し、教室の中の雑音も収まり始めた頃、担任教師が戸を開けて入ってきた。

 窓の外に見えた太陽はその日輪をあと少しで山の陰に入りそうで、教室の中の暖色も濃くなっていた。

 ホームルームは特に目立ったことも無く、ものの五分ほどで終わった。 

 人々は席を立ち、各々の活動場所へ足を向ける。

 ある者は一階の美術室へ、またある者は迷うことなく帰路についた。

 ほどなくして、校内に吹奏楽部の奏でる楽器の音色が響き渡る。


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