魔術師のしきたり

「妖精もいるんですね」

 道を歩きながら俺はアーサーに言った。

「ああ。いるとも。それだけじゃない。吸血鬼や巨人もおとぎ話の存在じゃない。もしかしたらもう聞いているかもしれないけど、オリヴィアも妖精と人間の間に生まれた子供だ」

 そう言ってアーサーはオリヴィアを見た。

「何?」

「いいや、何でもない」

 そんな会話を挟んで数分、俺達は再びトムテの店へとやってきた。

 トムテの店は昨日とは異なり、明かりがついている。が、中に人の姿はない。

「トムテー!」

 真っ先に店の扉を開いたのはオリヴィアだった。勢いよく開けられた扉についていた鈴は店の外まで聞こえ、通行人の何人かが振り返る。

「お、リヴィか! いらっしゃい。……昨日はいなくてごめんな」

 開け放たれた扉とその声に反応し、ショーケースの奥から声が響く。そして数秒後、姿を現したのは小柄ながらも恰幅の良い女性だった。

 腕は筋肉が付き、手には火傷やマメの痕が見られる。髪は黒く、瞳は黄色い。その異質さは先ほどのトルフィに近いものがあった。

 「やあ、トムテ。ちょっと頼みたいことがあるんだ」

 俺の後に続いて店内に入ったアーサーは、店に入るなりそう言ってトムテの元に向かって行った。

 オリヴィアは話を遮ったアーサーに対して、せっかく会えたのに、と店の中を回りながら愚痴をこぼしている。

「宮代君。おいで」

 俺は意外にもトムテというこの店の主人に名前を呼ばれ、驚きながらもその元へと向かった。

「いまランドルフさんから聞いたよ。カレッジに入るんだって?」

「はい。そうですけど……」

 含みのある言い方に、何か、と聞き返そうとしたところでトムテは豪快な笑みを浮かべて口を開いた。

「そうか! なら祝い物の一つくらいは必要だな! 新しい魔術師の門出に一つ、私が腕に磨きをかけて作ってやろうじゃないか!」

 トムテは何やらズボンのポケットからメジャーを取り出すと、言い終わるよりも早く俺の指の太さを測り始めた。

「あの、何を……」

「ああ、これかい。これはあんただけの指輪を作るために測ってるんだよ。大抵の魔術師は宝石の中に自分の幻素をため込む。貯金みたいにね。だから、何かしらの祝い事の時にそういうものを送るってのが私達の習慣になってるんだ。これはつまりそういうこと。完全なプレゼントだからお代はいらないよ。代わりに、作ったリングは宝石が壊れるまで使い続けてくれ」

 真剣な眼差しでトムテはそう俺に語ってくれた。

 なるほどそういう目的だったのか。ここにきて俺はこの場所を訪れた意味を理解した。

 そうして、手を隅々まで測られて数分。それじゃあ完成したら連絡するよ、という言葉を残してトムテは店の奥へと消えていった。

 オリヴィアはそれについて中に入っていったが、中で何かトムテに言われたのか、一分もしない内に戻ってきた。表情から察するに、追い返されたのだろう。

 こうして、目的を果たした俺達はトムテの店を出たのだった。

 その後は、雑貨屋に行ったり本屋に行ったりと様々な場所を巡り、これからの生活に必要なものを揃えていった。







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