空港
「――飛行場まではもうすぐだ。だいたい二十分くらい歩けば着く」
なるほど、二十分か……。再び世界の転回が起こるかもしれないことを視野に入れつつ、俺は深呼吸をして脳内に溢れる情報の束を一度すべて忘れ去ることにした。
逃げるが勝ちとはまさにこのこと。そう思いながら、俺は確認をとった。
「分かった。二十分だな」
「ああ、延びても三十分ってとこだろうな」
そういったマニングは通りの先を見据える。
「こうやって立ち止まってたら時間は延びるだけだし、行くぞ?」
「分かったよ」
少なくとも、今ばかりは彼を信じるほかにない。俺は彼の道案内がなければこの街で路頭に迷って野垂れ死ぬのが関の山だろうし、せっかく決めた心をこんな早くに折りたくはない。
それに、彼の言葉通りあと三十分も歩けば確実に着くというのであれば、俺の脳のキャパシティーもまだ保つだろう。
そうして再び歩き出したマニングの後俺も続いていった。
街並みは基本的には現代の街と変わらない。時々道路を行く車の排気ガス、というか黒煙にさえ気を付ければ休日に優雅なショッピングも出来るだろう。売られている物が一般ウケするものかどうかは度外視しての話だが。
そんな街並みを何度か曲がりながら歩くこと約二十分。目の前を真っすぐと伸びる道路の先に空港らしき建物が見えてきた。
建物の前には霊柩車を思わせる黒い車が一台止まっているのが見える。そのすぐそばには俺を押さえつけにしたもう一人の天権代理が荷物を持って立っていた。
「今度は遅れませんでしたね」
グインドはマニングが空港に到着するなりそう言った。時計を見ればこの都会に入って二十分も経っていない。
「あれはたまたまだ。必ず遅れてくるみたいに言うのはやめろ。次そんな風に言ったら口縫い合わせるぞ」
マニングは不満そうにそういうと、そのまま空港の中へと入っていった。
「宮代さん。昨日の夜はしっかりと眠れましたか?」
彼の乱暴な口ぶりにはもはや何の感情も起こらないのか、そう言ったグインドの口調は少し弾んでいる。
「はい。むしろ寝過ぎたくらいです」
俺がそう答えると、彼は少し笑って荷物を肩にかけて続けた。
「なら、これからは少し退屈かもしれないですね」
グインドはそういいながら空港のゲートをくぐり、俺と店長の方を向いた。
「何といったって、私達はここから半日以上空の上なので」
そう言い残して空港の奥へと歩き出したグインドをよそに、俺と店長は顔を見合わせた。
店長の顔を見るに、どうやら彼これほど時間がかかるとは知らなかったようだ。
「おいおい、マジかよ。半日も拘束されてたら足腰にくるだろうが」
肩を落としてそう言った店長は明らかに乗り気ではない。
とぼとぼと歩く店長を横目に見ながら、俺も広い空港内を歩いた。
空港という場所にはおそらく生まれて初めて来たと思うのだが、ここまで広いのかと驚かされる。だが、その広いロビーのわりに人は俺達以外には見当たらず、木枯らしが吹きそうなほど閑散としていた。
受付に人らしきものはいるにはいるが、その目は虚ろで、どこか自我を失っているように見える。そんな彼らをこの環境でどう扱うかに迷ったが、その動きも機械的で、どこか人形めいたものを感じたため、結局俺は彼らをヒトとして数えることはしなかった。
「お前、なんか嬉しそうだな」
とぼとぼと歩く店長は俺の顔を見て唐突にそう言ってきた。それを聞いた俺は、思わず頬に指を走らせた。確かに、口角が上がっている。
「いや、まったく意識はしてなかったんですけど。……なんで笑ってるんでしょうか?」
自分で口にしたことだが、我ながら間抜けだと思う。自分の状態を他人に解説を求むとか、馬鹿の極みでしかない。
当然店長の返答は決まっていた。いわゆる定型文だったり、ひな形だったりと呼ばれるものだ。
「お前、何言ってんだ?」
若干の引き気味で店長は俺を見たままそう言った。
いや、まあそう言われるのは分かっていたのだが、それ故、自分のおかしさが一層際立ってしまい、そちらの方がつらい。何せ自覚出来ているのだから。
そんな意味の分からないような会話を俺と店長が続けながらロビーを歩いていると、その奥の方から若干の催促味を帯びたマニングの声が飛んできた。
「遅ぇぞ、新入り二人!」
見ると、先に行った二人は既に手荷物検査まですべて済ませていた。
「そんなに急がなくても大丈夫ですよー。乗客は私達だけなので」
今なんと? 他の便のカウンター前を足早に通過しながらそんなことを思う。
俺達がマニング達の元に到着すると、検査を済ませて待っていたグインドは「急がなくていいといったのに」と言って俺と店長の荷物の中身を取り出すのを手伝ってくれた。
そうして彼が手伝ってくれたおかげもあって、俺達二人の検査はすぐに終わり、あとは飛行機に乗り込むだけとなった。
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