コミュニティ / グレート・スリー

 三時間後 大西洋上空

 

「――ぃ。どうなってる。なんでもうこんなところに居る」

 緊迫感と焦燥感の入り混じった声が脳に直接響いてくる。すぐそばでそんな風に叫ばないでほしい。だが悲しいことに、俺の耳に入った音はそれだけではなかった。人がせわしなく行きかう足音。ガサゴソと荷物をあさるような音。

 落ち着きなどかけらもない、混沌の空気が俺の肌をぴりつかせる。

「……ん、んん」

 惰眠から覚醒する。そして、意識の赴くままに瞼を開くと窓から差し込む陽光が起き抜けの網膜を焼く感覚が俺を襲ったのだった。

 こうして、体の機構によって半ば無理やり、緊迫感漂う魔術師達の乗る飛行機の中に一匹の羊が目を覚ますこととなった。

「お、起きたか」

 隣から聞き覚えのある声が響く。俺はまだぼやける眼をしばたかせながら、その声の主の顔を判別しようと顔を向けた。

「なんか慌ててはいるが、悪いことじゃないから気にしなくていいぞ」

 次第にクリアになっていく視界にその声の主が顔を見せた。店長だ。

「あ――」

 声を出そうとして口の中が乾燥していることに気が付いた。

「まあ、大丈夫だから心配すんな」

 店長はそう言って、テーブルの上にあった俺のグラスに水を注ぐとそれを俺に手渡してくれた。口の中に潤いを取り戻した俺は確認のため口を開く。

「分かりました。問題は無いっていうことは。でも何が起きたのかは聞いていいですか。気になるので」

「ん。ああ、まあいいけどよ。俺もよくは分からねえ。ただ確実なのは――」

 店長はそこで一度言葉を止め、ため息交じりに続きの言葉を吐き出した。

「俺達は瞬間移動をした」

 なるほど、魔術はそこまでのことも出来るのか。なら最初からそれを使って本部とやらに行けば良かったのでは? そんなごく自然の疑問が頭をよぎったが、次の店長の一言でこの緊迫感の原因が俺でも理解出来てしまった。

「けどな、基本的に魔術じゃ瞬間移動はできねえんだよ」

 そういうわけか。魔術では為せない業が突如として降りかかった。だからここまで慌てふためいているのか。であれば、次に降って湧く疑問は当然これだろう。

「悪いことじゃないっていうのは?」

「ああ、そりゃ、窓の外を見りゃ分かるよ」

 その言葉を受け、俺は窓の外を確認した。

 そこに広がるは陽光を反射する青き絶海と、まるでそれに溶け合ったかのようにどこまでも伸びる蒼き天球。そして世界のところどころにシミのようにして浮かび上がる白い雲。だが、それとは別に水平線に巨大な何かが顔を覗かせている。

「あれは……」

 目を凝らす。寝起きだからか、海に反射する陽光が目に痛い。

「そう、あれが俺達の目的地だ」

 そういったのは何やら慌ただしい機内を歩いていたマニングだった。

「目的地って」

 俺は再び窓の向こうに視線を戻す。

 そこにあったのは紺碧の海にぽつりと浮かぶ、絶海の孤島。

 今度は先ほどよりもその細部が確認出来る。

 その島は三つに分かれていた。否、正確には三つの層で出来ていたというのが正しいだろう。

 どの層も真円を描き、その曲線は俺にこの巨大な島の全景をいとも簡単に想起させる。

 最外層から内側へと伸びる一本の巨大な水路は島の内側でさらに幾重にも分岐し、二つの内海へと青き海水を運んでいる。

 そして島の中央には海面に反射した光に照らされる白亜の建造物がいくつも立ち並んでいた。

「なんだ、あれ」

 俺はそのあまりの美しさに息を飲む。

「あれが噂に聞くグレート・サークルか……」

 俺と並んで窓の外を眺めていた店長は、そこに広がる光景を見てそう言った。

 グレート・サークル? 聞き覚えの無い単語に眉をひそめながらも、俺はいまだ外の光景に釘付け状態の目に神経を集中させた。

 すると、その意識の外からまたも別の声が響いてきた。

「新入りども。ちょっと予定外だが、準備しろ。着くぞ」

 マニングは顎で奥を指した。

「お前はそこに居ろ。俺が代わりに取ってきてやるから」

 店長はそう言って俺の返事を待たずに、通路の奥へと向かっていってしまった。

 別に、行こうと思えば自分でも取りに行けるが、ここで店長の提案を断って二人で向かえば、ただでさえ慌ただしく狭くなった機内をより一層狭くさせてしまうだけだ。

 ならば、ここはおとなしくこの場で待つのが最善だ。 そうして、席にとどまった俺のもとに店長をはじめ、他の二人も戻ってきたころ、飛行機は着陸に向けてその機体を大きく傾け始めた。 

 かくして、得体の知れない緊迫感を孕みつつも俺達四人を乗せた飛行機は、日本から遥か彼方に浮かぶ魔術師の島へと着陸を果たすことになるのだった。

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