天権叙階儀式・天礼告解

 男は固唾を飲み、女の次の言葉を待っていた。

 つまり、天権の儀、天礼告解てんれいこっかいと呼ばれる、天権代理となるための魔術儀式に関する言葉である。

 そして、その言葉はやはり彼の内心を読んだかのように、目の前の女の口から発された。

「いや、君の場合あれは簡略化出来る。君の後に誰もその座には着いていないし、君もまだ死んでいないからね」

 その言葉に男はそっと安堵の息を漏らした。

 余程その儀式が恐ろしかったのだろう。

 その様子を見た彼女も珍しく僅かに笑みをこぼす。

「まあ、そういうわけだ。君が向き合う罪はそれほど多くない。精々が君のものだけだろう。血脈の罪はもう清算済みってね。最初に比べたら楽なもんだよ」

 彼女は席を立ってそう言うと、大きく伸びをして、改めて男に目を向け、冗談めかして口を開いた。

「それじゃあ、告白を受けようか、マイダーリン?」

「やめてくれ、気持ちが悪い」

 心底嫌だといった様子でそう言った男は、女に続いて席を立った。

 すると、それに合わせて部屋の雰囲気が一変する。

 青い空は圧迫感漂う灰色の天井へ、陽光を写す窓はツタに覆われたレンガへ。機械音も今や遠く、じめっとした空気が辺りを支配する。

 それは果たして魔術が見せた幻か、はたまた男内側に宿ったモノの姿か。

 自身の息遣いだけが響く暗闇の中で、男は目を閉じた。

「問う――」

 何重にも響く男とも、女とも、単数にも、複数にも取れる声。

 薄暗いそこでは、隣にいたはずの相手すら不明瞭になる。

そんな異空間で、声は続ける。

「咎人よ、汝の罪を認めるか」

 不意に、視界が開けた。

 ラプラスの部屋とは異なる、どこか別の場所。

 その光景を見て、男は懐かしそうに目を細める。

 それが天礼告解の一環だとしても、懐古せずにはいられない、在りし日の記憶——。



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