過去の謎

「それじゃあ、さっき言った通り幻想導線マジックフューズの発達具合を測らせてもらうよ。リヴィ。水と温度計を持ってきて」

「温度計はそっち。先生が取った方が早い」

 本を置いたオリヴィアはソファの後ろにかかっているものを指し、キッチンへと向かった。

 反抗期という割には素直に従うオリヴィア。アーサーの気のせいなのでは? と俺は首を傾げた。

 アーサーはオリヴィアからコップを受け取ると、温度計を差し込んだそれを、俺の座っていた机に置いた。

「これから君の体に直接幻素を流し込む。君の手はコップに向けておいてくれるとありがたい。沸騰する危険があるからくれぐれもコップに手はつけないように」

 と、アーサーは俺の肩に手を置いて注意を続けた。一方、俺はというと、期待半分不安半分。総じて、何か新しことが始まる直前特有の心の高鳴り。

 つまり、わくわくしていた。

「ちなみに、オリヴィアの場合は沸騰まで辿り着けた。どれほど君に素質があるとしても、まだ魔術を知らない新人だ。四十度を超えれば上出来。三十度を超えればまずまずってところだ」

 アーサーがそういったところで俺はオリヴィアの方を見る。

 彼女は暖炉の前で温まりながら、事の行方を見守ることにしたらしい。先ほどまでアーサーの座っていた椅子に座ってこちらを見ている。

「三つ数えたら、幻素を流す。いいね?」

 緊張で汗ばんだ手に力が入る。

「はい」

 俺は努めて平静に返事をした。が、自分の声は少し震えて聞こえた。

「じゃあ行くぞ。一つ、二つ、三つ。震えろ《シィバー》」

 アーサーが最後の言葉を放った瞬間、目の奥で火花が散った。そして、それとほぼ同時、手足を電流の走ったかのような痛みが襲う。

 かと思えば、次の瞬間には痛みは引き、体内を何かが巡る感覚が俺をくすぐった。

 その感覚は運動後の血流の流れに近い。脈打ち、胎動し、確かにそこにあるのだと主張している。

 瞬間にして火の灯った俺の幻想導線は幻素を流し続ける男の意に従って、温度計の白灯油をぐんぐん押し上げていく。

 そして、一分も経たない内に温度計の針は五十度を超え、七十度を目前に控えていた。

「先生。ストップ」

 オリヴィアの声は聞こえていないのか、俺の後ろに立つアーサーは幻素を流し続けている。

 針は尚も上昇を続ける。七十度を超え、七十五度、八十度、そしてついには九十度を回る。

 コップの中の水は次第に沸騰を始め、水がこぼれ始めた。

「宮代君。止めて」

 え――?

 その声に思わず振り返る。そこにいたのは先ほどまで暖炉の前にいたはずのオリヴィアと、目を輝かせるアーサー。すでに彼の手は俺の肩にはない。

「驚いた。通りが良すぎる」

 少年のように目を輝かせるアーサーはそれとは対照に腕を組み、考えるような仕草を見せる。

「まあ、そういうことね」

「つまりは君と同類だと?」

「もしかしたらそれ以上かも」

 オリヴィアはそう言って肩をすくめる。

 彼の言と文脈を読む限り、結果を見れば俺の結果はオリヴィアに並ぶものとなるはずだ。

「あの……」

 恐る恐る口を開く。

「これって、結果的にどうなんですか?」

 その問いに、アーサーは笑顔で反応した。

「どうも何も、最高だよ。幻想導線の発達具合に関しては文句無し。宮代君は本当に今まで魔術を使ったことが無いのかい?」

 興奮気味にアーサーは問いで返してきた。

「どうなんでしょう。無いと思いますけど。その、記憶とか記録とかが無いので何とも」

「ああ、……そうか。すまない」

 申し訳なさそうに興奮の色を隠すアーサー。だが、まだその熱は醒めなさそうだ。

「そんな気にしないでくださいよ。自分自身も分からないことなんで」

「そうか……。そう言うのなら分かった。話を戻そう。結果は最高だ。だが、異常ともいえる。仮に宮代君がこれまで本当に魔術を使ったことがないのだとしたらの話だが……。しかし、憶えていないのであればこれについてこれ以上の検証は不可能だ」

 そう言ってこの話は終わりを迎えた。さらに一層俺の過去に対する疑問を増やして。






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