第12話 トラップ

 翌週の月の日(月曜日)、ブルートがアカデミーの玄関で下駄箱を開けると、奥の方に手紙が入っていた。


「ちょっ! これってまさか……ラブなレターじゃね? いや、俺様なら完全にあり得る! なぜなら、これまでずっと『ブルートはネクストブレイク男子だね』って母ちゃんから言われていたし、こりゃ間違いねぇッ!」


 せかついて手紙を開くと、その中に書かれていたのはブルートの期待とは真逆の内容だった。


☠――☠――☠

貴様の二人の手下の身柄は預かった

返して欲しくば屋上まで来い

下等なる愚民に神の裁きを

☠――☠――☠


 地獄のような極太の血文字で、何だか物騒なことが書いてあったのだ。



「あががが……あ、アイツら、今度はとっつかまっちまったのかヨ……」


 思わず膝から崩れ落ちそうになるが、ブルートは頬を平手でバシバシと叩いて己に気合を込め直す。



「クッ……やってやらぁ! ブルート様をナメんじゃねぇッ」


 ブルートは短い脚をドテドテと動かして一目散に〈屋上〉と呼ばれる4階上にあるアカデミーのテラスを目指すのであった。


【バンッ】と勢いよくドアを開けると、視線の先には数人の人影が映ったが逆光で顔まではよく見えない。



「いよーオメー。遅かったじゃん」


 人影からは悪意のない声が返ってきた。

 ブルートが太陽の光を遮るように額に手を当て、細めながら目を凝らす。


 するとそこには宙に浮いた黒い猫と見覚えのあるいくつかの顔があった。



「ブルートくんッ!」


 アカデミーの屋上には似つかわしくない十字架。


 そこには、傷だらけの状態でパンツ一枚で縄ではりつけにされた、こういう役回りはお馴染み感すら漂うノブオとシンペーの姿が。


 ギルとクロベエはJ組のビンスと睨み合っている。



「おぅゴルァ! テメーはノブオとシンペーに何してくれてんだヨ!」


 ブルートはビンスに向かって声を荒げるが、全く意に介さない様子で返される。



「何って、見て分からんのか? これからこの愚かな下民二人を盾にギルと貴様を血祭りにしてやろうと思ってな。これは余興なのだよ。分かったら貴様も楽しめ」


「ぐぐぐ……何て卑劣な真似をしやがる。テメーは名門貴族の出身じゃねーのか!」


 ブルートがなおもせまるが、ビンスは手をひらひらと動かし、まるで相手にしていない。



「なぁ、ビンス」


 ギルはポケットに手を突っ込んだままビンスに声を掛ける。



「なんだ?」


「思い出したんだよ。そういやお前って昔からネチネチしてたよなぁって。ミナちゃんが太陽ならお前は影……いや、ヘドロみたいなもんだよなぁ」


「誰がヘドロだ! 貴様、下民の分際で私を愚弄する気か!」


「愚弄って言うか、別に思ったことを口にしただけなんだけど」


「……フ、分かった。皆の者、もうよいぞ。出てきてくれたまえ!」


 ギルの言葉に対して、先にビンスが動いた。

 号令をかけると屋上の見張り台の裏に待機していた20名余りの生徒たちが一斉に飛び出してきてギルたちを取り囲んだ。



「あ? 何だコイツら?」


「ふん、とりあえずはギャラリー……ということにしておこうか」


「ギャラリーねぇ。その割にはどいつもこいつも今にも飛びかかってきそうな雰囲気出してやがるけど」


「ギル! コイツら全員I組のヤツらだぜ。クラスの半分くらい連れてきてやがる」


 ギルとブルートを中心に、I組の生徒たちは囲みながら少しずつ距離を詰めてくる。その様子を俯瞰で見ていたクロベエがポンポンとギルの肩を叩いた。



「何か妙だよねぇ。みんな近接武器しか持ってないよ。魔法を使いそうな生徒が一人もいないね」


「それは確かに妙だな」


 クロベエとギルの会話を聞いていたビンスが突然笑い出した。



「ほぅ、その汚らしい猫が一番よく状況が見えているではないか」


「何をー! ボクは汚くなんてないぞ。昨日だってギルに川でゴシゴシ洗ってもらったし」


 クロベエがビンスに殴りかかろうとするところをギルが後ろから首輪を掴んで止める。

 クロベエは手足をバタつかせて怒りの収まらない様子だ。



「ふん。ギルよ、貴様には決闘デュエルを受けてもらうぞ。もちろん、ここにいる全員とな。断ればそこの二人はここから校庭に突き落とす」


「テメー、やり方がきたねぇぞ! ノブオとシンペーは関係ねぇだろうが!」


 激昂するブルートを右手で制してギルが言う。



「俺は全然構わねぇけど」


「フハハ! そうか! ならもう一つ条件を飲んでもらうぞ。この決闘デュエルは魔法禁止。魔法を使用した方が即敗北と言うことでどうだ?」


「……構わねぇけど」


「ちょっと、ギルッ! それはさすがにマズイよ、だってもしもの時に――」


 クロベエが汗を飛ばしながら割り込んでくる。

 ギルに向けた言葉を言い終える前に、屋上のドアが【バンッ】と開いた。



「ちょーーっと待ったぁ!!」


 肩で息をしながら現れたのはミーナだった。

 金髪のポニーテールを風に揺らしながらギルたちの元へと肩をいからせながらつかつかと歩いてくる。



「ね、姉さんッ」


「ビンスぅ! アンタって子はぁ!」


 ミーナは左手を振りかぶり、問答無用のビンタをビンスに放つ。

 次の瞬間、【バシッ】と手首を掴まれた。

 ギルだった。



「ちょっと、何してんのよ! 離しなさいよ」


「嫌だね。そいつにお仕置きをするのは俺なんだ。姉貴だからって関係ねーぞ。ミナちゃんこそ引っ込んでろよ」


 ミーナは力を入れてギルから手を解くと腰に手を当て、涼しげな視線をギルに向けた。



「へぇ、あのいつも泣いてばかりいたギルくんが生意気言うようになったじゃないか。ねぇいいかい。ハッキリ言っておくぜ。勉強だけでレイアガーデンに入学した一般入学ガリ勉のキミにはビンスは荷が重すぎるって」


 ミーナは真剣な眼でギルに伝えたが、その言葉を聞いたギルとクロベエは顔を見合わせると思わず吹き出した。



「ぷっ……あはははははは!」「にゃはははははは!」


「なっ、何がおかしいのよ!」


「いやー、だってさ。俺、勉強なんて6歳から全然やってないぜ。ミナちゃんが一番知ってると思うけど、あの頃の俺って本ばっかり読んでてマジでクソ弱かったし。だから、ミナちゃんと離れ離れになってからすぐに旅に出て、それからは戦闘訓練しかやってないんだよなぁ」


「はぁ? ってことはキミはどうやってこのアカデミーに合格したの?」


「う~ん、それはまだ内緒かな」


 そう言ってギルはニシシと笑った。


 笑うとくしゃっと目が細くなる表情は幼い頃に見たギルのままで、ミーナの心を柔らかな風のようにふわりと触れて通り抜けていくのだった。




>>次回は「ただの幼馴染」と言うお話です!

――――――――――――

【異世界デスアカデミー】の豆情報コーナー(,,>᎑<,,)ヨンデクレテアリガトネ


ミーナがギルを知っているのは6歳の頃まで。

ミーナが引っ越してしまってからの9年間は空白なので、お互いに何をしていたかは知る由もないんだね。


ギルはその間、好きだった学術を捨てて、生活のすべてを鍛錬に全振りして、史上最弱と呼ばれていた頃から少しずつ強くなったという背景があるみたい。


だから、6歳でギルの記憶が止まっているミーナには頭の中で???がぐるぐる回っていたはずだよ。


――――――――――――

★作者(月本)の心の叫び


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