第53話 歯がゆさ

 モーリーが地上を見ると、翠の伸ばした手に無理やり引き上げられていることがわかり、意識が飛びかかりそうになるところを何とか持ち堪えていた。



「怖い怖い! アンタが一番大人しそうなのに、ぶっちぎりで暴力的ですやん!」


「もし、ラヴィアンさま。さっきからやり方が手ぬるくてございます。このような者に時間を費やすくらいなら別の方法を考えませんか?」


「……そうですね、ではそのまま落としてしまっていいですよ。あ、たぶん落下の衝撃で爆発すると思うので、翠さんは手を離したらすぐに逃げてくださいね」


 地上で交わされるラヴィアンと翠の会話は完全に洒落になっていない。モーリーは生き残るために声を張り上げる。



「ぎゃーーー!! ままま、待ってくださいッ! 何でも言うこと聞きますし、一生アナタ方に付いていきますから、内臓爆破だけは堪忍したってくださいッ!」


 モーリーから言質を取ると、ラヴィアンと翠は顔を見合わせニヤリと笑う。


 そしてすぐに翠が地上へ降ろすと、腰砕け状態で床に腰を落とすモーリーを二人は腕を組んで見下ろしていた。


 ラヴィアンは腰を折り膝に手を当てて前かがみになると、モーリーに顔を近づける。



「時間がないのです。作戦を伝えますから、あなたはすぐに行動に移ってください」


「はは、はいッ!」


「いいですか、ゴニョゴニョ――」


 ラヴィアンが耳打ちすると、モーリーはうんうんと頷いてその内容を頭に叩き込む。



「お任せください! ワシ、必ずやり遂げますよって」


「お願いします。さぁ、行ってください」


「了解ですわぁ!」


 全力で元々いたアリーナ席へ戻っていくモーリー。

 しばらくその背中を見ていた翠は、目線をラヴィアンに向けると、いつもの調子で語り掛ける。



「もし、ラヴィアンさま。上手くいったようで安心しました」


「はい、翠さんの迫真の演技のおかげですね」


「いえ、ワタクシは大したことは。それよりも、あのモーリーとかいう者。薬のことをすっかり信じてございましたね」


「ええ、飲ませたのは指を鳴らすと反応するただの下剤なんですけどね。あそこまで盛大に勘違いしてもらえるとは思っていなかったので、少々やり過ぎた気はしていますけど」


 爆薬を飲まされたと信じ込み、ラヴィアンの作戦を遂行するためだけの忠実なる下僕と化したモーリー。



 依然として劣勢のギルに反撃の一手は生まれるのか。


 モーリーをラヴィアン、翠の二人に任せて、ギルの戦いの様子を見守っていたロビン、ジュナ、そしてミーナ。


 彼女たち三人は、揃って歯がゆさを押し殺していたのだった。





「おかしいじゃない。とっくに魔法陣は力を失ったはず。それなのに、ギルくんの動きが一向に戻る気配を見せないじゃないか」


 ミーナは状況に納得がいかない様子で冷静さを欠いていた。

 隣で腕組みしながら戦いを見つめていたロビンがたしなめるように言葉をかける。



「うむ、あの男の戦い方は摩訶不思議な点が多すぎるな。姫様よ、他に何か考えられることはないのか?」


「……そうだね、外的要因を取り去ったのであれば、リューヤ自身の能力の影響を受けているとしか考えられないけど」


「だとすれば、単純にギルとリューヤの力の差ということか?」


「考えたくはないけどそう言うことに……ん、いや待って。もし、あたしたちが魔法陣の解除を行っている最中に、ギルくんに竜の呪いに掛けられていたとすれば――」


「いや、それはない」


「え?」


 断然するロビンに一瞬キョトン顔でミーナ。



「以前バロバスに聞いたことがある。その時は身体に刺青タトゥーを刻まれたことによって竜の呪いにかけられたと言っていた。姫様は竜の呪いにかかった者を直に見たことはないだろう?」


「え? あぁうん、それはないけど」


「我が見た時、竜の呪いにかかったバロバスは呪印が禍々しく肌の表面を這いずり動いていた。だが、ギルにはそのような様子は見られない。つまりは竜の呪いは刺青を刻む、またはそれに近しい手順を踏むことによって効果が生まれると考えていいだろう。もし仮に他にも方法があるのならとっくに仕掛けてきたはずだ」


 やや離れたところでホットパンツの尻ポケットに両手を突っ込み、戦いを真っすぐ見据えたままのジュナが二人の会話に突然入ってくる。



「おヌシら、無意味に語らうのはそれくらいにしておくのじゃ。竜の呪い云々は関係なさそうだしな」


「ちょっ、それってどういうことよ!?」


 ギルのために必死になって策を巡らせていたことを〈意味がない〉と言われたことに苛立ちを覚えたミーナが感情のままに聞き返す。



「今のこの状態。遅かれ早かれと言うヤツじゃ。致命的に相性が悪いのじゃよ、ギルとあの竜人族とでは」


「そんな……だって途中までは互角に渡り合っていたじゃない」


「まぁ最初のうちは格下とみなされておったのじゃろうな。それが圧勝はできぬと見て、戦いの最中であらゆる手を講じてきた。その中でヤツ自身も血道を上げてきたのじゃろうて」


「なにそれ……じゃあギルくんは卑怯な真似をされなかったとしても勝てないって言うの?」


「いや、どうじゃろな。そこまではアチシにも分からぬよ。ただ――」


「――ただ、何?」


 ミーナが生唾を飲み込んで問うと、ジュナは平然とした様子で言いのけるのだった。



「二つ。ギルが勝つためにはおそらく二つの壁を越える必要があるとみる」


「二つも!? それって何なの? ねえ、教えなさいよッ!」


 ミーナがジュナの肩を掴んでガクガクと激しく揺する。

 その最中もギルはリューヤの前に大苦戦を強いられていたのであった。


 ミーナの焦りは周囲に伝播し、ギルの陣営は再び不穏な空気に包まれていく。




>>次回は「相性」と言うお話です!

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異世界デスアカデミー~学年最下位から始まる、狂想の学園生活へようこそ~ 月本 招 @tsukimoto_maneki

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