第25話 刻まれた呪印

 バロバスの先制攻撃をかわし、連続バック転で距離を取るギル。


 ステージ〈No.01〉フラットランドは、30m四方の正方形。

 特にギミックや障害物はなく、まさに単なる平地。

 割と狭く感じる以外は特筆すべき点は見当たらない。


 バロバスは構えを取ることもなく、腕をだらりと下げたノーガード。

 その巨躯で圧力をかけながらギルににじりよる。



「バロバス。そんな動きじゃ俺は捕まえきれねーぞ」


 その言葉通り、追い詰められてもリングのコーナーから脱出するボクサーの如く、軽やかなステップワークでバロバスの射程距離から離れるギル。



「オマエ、速いな」


「あぁ、スピードにはちょっと自信があるんだよッ」


 言い終えるが早いか、ギルは踏み込んでローキックを一発入れる。

 だが、まるで象のような足はビクともしない。



「ちっ、お前こそ頑丈じゃねーか」


「俺はこの身体の強さでここまできた。あと、力でも負けない」


 バロバスは右手のひらをギルに向けて迫る。

 その純粋なまでに己の得意分野で真向勝負を挑むバロバスにブルートはやや辟易した思いで嘆息を漏らす。



(力比べをしようってことか。ったく、こんな体格差があるのにギルが受ける訳……)


 ギルはバロバスの手をがっちりと受け止めていた。

 いわゆる指を絡めてフィンガーロック手四つロックアップの状態。



「って、何やってんだテメーはヨ!? そんな見るからに力自慢の野郎に正面から力比べを挑んでどうすんだバカ野郎!」


 大声をあげるその横では、ふむ……と顎に手を当て、ロビンが黙考している。


 ブルートの心配そのままに、ギルはバロバスに押し込められていく。

 バロバスはさらに体重を乗せ、ギルを強引に潰しにかかる。


 必死で押し返そうとするも、怪力に加えて体重を乗っけてこられた状態では力も入らない。

 ついにはブリッジの体勢まで追い込まれてしまう。



「ぐぎぎ……やっぱ、普通にやってたんじゃ力勝負は厳しい……か」


「このまま腕を折る。悪く思うな」


 バロバスがさらに力を込めたその瞬間、ギルが声をあげた。



力強化フォースドライヴ!」


 それはギルが習得しているバフ効果のある体術スキル。

 ブリッジから一気に体勢を戻すと、再び五分のロックアップ状態に。



「思ったよりもやる」


「へっ、そりゃありがとよ!」


 ギルは手を組んだまま、両足で飛び上がると、そのままバロバスの腹にドロップキックを喰らわす。



「ごほっ」


 その衝撃でバロバスが手を離すと、ギルが追撃に出る。

 たたらを踏んで後退するバロバスに一気に迫ると飛び上がって顔面に拳を叩き込む。



「むんっ」


 バロバスはギルの拳を受け止めた。

 巨体に似合わず反応速度が速い。

 すぐにギルはバックステップで一旦距離を取る。



「なるほどね……見た目通りの打撃者ストライカーってか。なら、こっちは苦手ってのが相場だよな」


 ギルが天にかざした手のひらの上には炎がゆらゆらと浮かんでいる。



「ファイアッ!」


 その手からバロバスに向かって火魔法が放たれた。

 バロバスに避ける時間を与えない。

 直撃すると、あっという間にバロバスは炎に包まれた。



「モロに喰らいやがった! こりゃダメージ入ったんじゃねぇか!?」


 嬉々としてブルートが声をあげる。

 が、バロバスが魔法で燃えた炎柄ファイヤーパターンのジャンパーを脱ぎ捨てると、一同はその姿に戦慄を覚えた。


 タンクトップから見える肌にびっしりと刻まれた竜の紋章。

 それが呪印のように禍々しく肌の表面を這いずり動いている。



「なんでお前が竜の紋章? それになんで紋章がもぞもぞ動いてんだよ?」


「お、お前には関係ない」


「あーそうかよ!」


 苛立った様子のギルがバロバスに一直線。

 ジャンプから足を大きく振りかぶってかかとを脳天目がけて落とす。



「バーサーク!」


 直前。バロバスが自身の特殊能力を発動。

 肌が赤銅色に変化し、ギルの打撃をまともに喰らうも微動だにせず。


 ギルは弾かれた勢いを利用して空中で宙返ると、バロバスから5mの距離に着地。


 改めて正面に捉えたバロバスは、赤銅色の肌が鱗に変化。

 爪が伸びた腕は爬虫類のようで、驚いたことに尻尾までが生えていた。



「な……一体どうなってんだ?」


「おそらくはヤツ自身の能力アビリティ、バーサークがトリガーとなって発動する呪い。あれはおそらく、竜化ドラゴンサベージだな。さっき身体に浮かんでいた竜の紋章。あれがバロバスの意思とは無関係に発現したものと見るのが自然だろう」


 ロビンの見立ての正確さに、その横にいたブルートはしきりに感心している様子。



「へっ、やたらと詳しいじゃねぇかヨ。オメーの専門はそっちってか?」


「ん、呪術に興味のない中二病などいるはずがないだろう。それよりもバロバスのヤツ、どんどん人ならざる者へと変わりつつある。長引くと……危険だな」


「はぁ? それってどういう――」


「目を逸らすな!」


 二人の目の前で、ギルが三度バロバスに向かって突進。



「テメーは毎回それじゃねぇか! ちっとは頭使いやがれ!」


 だが、バロバスの空気を震わす唸り声にブルートの怒声がかき消される。見れば、口には牙が生えていて、頭の形も変形し出していた。



「おりゃあッ!」


 ギルのパンチがバロバスの胴体を捉えるが、厚い鱗に阻まれてロクにダメージを与えることができない。



「ヴォアアアア!」


 バロバスが反撃とばかりに口からブレスを吐き出した。

 すでに自我は失われているようだった。


 ギルはブレスを避けると同時に打撃を放つ。

 しかし、結果は何も変わらない。



「あーッ、じれってぇな! それはさっき効かないってわかっただろうが!」


 苛立つブルート、静かに見守るロビン。

 至近距離で殴り合うギルとバロバスの均衡が崩れていったのはそのわずかあとのこと。



「ぐああっ!」


 バロバスの竜化した爪がギルの胸を引き裂いた。

 続けざまにブレスを吐き出すと、ギルを紅蓮の炎が包み込む。



「バカ野郎! だから言ってんじゃねぇか!」


 だが、ブルートの叫びはギルには届かない。



「〈倍力・剛牙ごうが〉ッ!」


 劣勢に思われる中、ギルが炎の中から飛び出すと、体術スキルを即座に発動。腰の入った強烈な一撃を放つと、バロバスの硬い鱗を粉砕した。



「ば、バカな……」


「〈倍力・紫電しでん〉ッ!」


 続けざまにギルがスキルを発動すると、数瞬してブルートたちの目に映ったのは、スローモーションのようにうつ伏せにダウンするバロバスの姿。


 受け身を取ることをしなかったのは、失神していたからに他ならなかった。


 一体、今目の前で何が起きた?

 その答えも分からぬまま、ブルートはただ茫然と立ち尽くす。



「おい、ブルート。どうだ、バロバスのヤツ、まだやれそうか?」


 ギルは半身を振り向き、ブルートに尋ねる。

 ブルートは平静を装い、バロバスに近づき膝を折ると、その大きな身体をゆっくりと仰向けにした。



「あー、こりゃダメだな。完全に気を失ってンぜ」


「そっか、んじゃ俺の勝ちだな」


「……あぁ、オメーの勝ちだ、ギル」


 勝ち名乗りを受けると、ギルはその場にへたり込んだ。

 そのまま仰向けに大の字になると、夕暮れに染まっていく空を視界に映す。


 空に浮かぶ飛空船が気持ちよさそうに雲の中を泳いでいた。




>>次回は「タトゥーの謎」と言うお話です!

――――――――――――

★作者(月本)の心の叫び


バロバス戦決着です。

ちょっとした謎回収はまた次回!

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