第26話 タトゥーの謎

 バロバス戦の決着直後。


 地面に大の字のギル。

 ブルートはバロバスの傍らであぐらをかいている。


 そして……



「ほれ、どいたどいた。邪魔だぞブルート」


「なんでオメーがしゃしゃってくんだヨ?」


「いいから、そこで見ていろ」


 ロビンがブルートを押しのけて、ようやく半身を起こしたバロバスの巨躯の側に歩みを進めると、ドクロの付いた大きな杖を振りかざした。



詛呪吸収カースドレイン


 杖の先からこぼれ出る瘴気がバロバスの体皮にへばりつくと、そのまま竜の紋章を剥がし、杖に吸収していく。



「うわぁ、なんかキメーな」


「ん、何を言っているのだ? こんなに闇が凝縮された美しい結晶。そうはお目にかかれるものでもあるまいよ」


 ロビンはうっとりしながら、紋章を吸収していく。

 その姿にブルートは色んな意味で怖気を感じていた。



「よし、全て吸収できたぞ。バロバスよ、どうだ? だいぶ楽になったと思うのだが」


 尋ねられたバロバスは地面に手をつき、ゆっくりと身体を起こす。


 座ったままでもロビンよりかなり視線が高い。

 改めて、よくこんなヤツ相手に殴り合いで勝ったなとブルートはギルを見る。



「んあ? バロバス起きてんじゃん。んじゃ勝利報酬ってことで色々話を聞かせてもらうぜ」


 大の字になっていたギルがぴょんと跳ね起きて、バロバスの正面にあぐらをかいた。


 バロバスの周りをギル、ロビン、ブルートが車座で囲む。

 その光景を見てようやく状況を理解したバロバスが口を開いた。



「……負けたか。だが最後はどうやって負けた?」


 バロバスが尋ねると、両の腕を尻の後ろについたギルはニシシと笑って空を見上げた。



「最後のは〈紫電〉っていう体術スキルで、秒間64連撃を叩き込むことができるんだよ。あれを初見で交わすってのはなかなかムズイだろうから、まぁそんなに落ち込むな」


 その言葉を聞いて、ブルートも納得がいっていた。

 最後だけは何が起こったか目で捉えることができなかったのだ。

 まだまだ底が知れないギルに薄っすらと恐怖を感じる。



「そうか。わかった。確かに何も見えなかったからな。完敗だ」


「果たし状まで持ってきた割には随分と潔いじゃねぇか。……んじゃ、そろそろお前のことを聞かせてもらうぜ」


「……ああ、わかっている」


 バロバスは無数のタトゥーが刻まれた上裸のまま視線を落とし、やや項垂れている。

 


「じゃあそうだな。まずお前が何を考えてんのか全然わかんなくてさ。まるで自分の意思を持ってないように見えるんだよな」


「……」


「なぁ、バロバス。お前の意思はどこにある?」


 ギルがあぐらの上で両の指を組んで尋ねると、バロバスは一瞬鋭い視線を向けるが、すぐにフッと力を抜いたように肩を下げた。



「俺はある男との勝負に負けて、自分の意思を奪われた」


「意思を? それってデュエルの勝利報酬ってことだよな?」


「……そうだ」


「でも、デュエルの勝利報酬でそんなことまで可能なのか? 意思なんて、幻術にでもかけられない限りはどうにもならねぇだろ」


 断定するかのように言い切るギル。



「できるな。ただし、勝利条件では意思を奪うとは言わなかったはずだ」


 しかし、それをやんわりと否定する、ロビンの女性にしては低い声。



「え? それってどういうことだよ」


「それはまぁ、せっかく本人がいるのだから聞いてみるがいい」


 一同の目線がロビンから再びバロバスに移る。

 バロバスは拳で己のこめかみを突然【ゴン】と殴ると、頭を何度か振ってギルたちを見据えた。



「『勝った方が敗者に刺青タトゥーを入れる』あのデュエルはそういう契約だった」


「タトゥーだぁ? ったく、何だか気色悪い契約してんな。健全なアカデミー生があんまり褒められたもんじゃねーと思うぜ」


「歩んできた人生にもよるだろう。俺たちの世界じゃ墨が一つ増えることなんて別に大したことじゃない」


「あーそうかよ。それはまぁ分かった。で、タトゥーを入れられて、何で意思が奪われることになるんだよ?」


「それは……わからない」


 そこでバロバスは押し黙る。


 春の夕暮れ。

 ひんやりとした空気が時折流れる中、ロビンが仕方がないとばかりに見識を披露する。



「うむ、バロバスが分からないのも無理はないだろう。なぜならバロバスの意思はタトゥーを入れられた瞬間に乗っ取られたも同然だったろうからな」


「おいロビン。何でお前にそんなことがわかるんだよ?」


「さっき、我が杖で竜の印を吸収したのを見ただろう? あれでおおよそのことが分かるのだ。――バロバスに刻まれていたタトゥーは竜の呪い。竜人族ドラゴニュートの中でも限られた者にしか扱えない、まさに呪印だな」


「竜の呪い? バロバス、お前は知ってたんか?」


「いや……今初めて知った」


 ブルートだけはバロバスを胡乱うろんな目つきで見ていたが、ギルとロビンはその言葉に嘘がないことを瞬時に悟っていた。



「まぁ、さすがに負けたら呪印が刻まれるなんて契約はバロバスでも交わさんだろうよ」


「てかロビン。お前、さっきから含みが多いぞ。知っていることがあったら教えてくれよ。俺は情報を集めたくてバロバスに勝利報酬で『俺が勝ったら色々教えろ』なんておかしな契約を交わしたくらいなんだしさ」


「もちろん構わんが、まずはバロバスの口からできる限りのことを聞き出してからにしろ。ギルよ、うぬは少々せっかちなところがあるな」


「そりゃ……たまに言われることはあるけど――あー、わかったよ。んじゃバロバス。お前、誰にやられたんだよ? さっき言ってた『ある男』って誰だ?」


 ギルの質問によって目線が再びバロバスに集中する。


 見ればバロバスは額から脂汗を流していた。

 何かがフラッシュバックでもしたのだろうか、再び拳で己のこめかみを左右から一発ずつ殴り、呼吸を大きく乱していた。



「おい、さっきから何やってんだよお前!? 大丈夫か?」


「う……あぁ。な、名前……だな」


「お、おぉ」


「や、ヤツの名は、りゅ、リュー・ヤーネフェルト・ゼルレギオス。仲間内からは『リューヤ』と呼ばれている」


 その名がバロバスの口から洩れた時。

 ギルは「ふ~ん」と大して興味を示さなかったが、ロビンは思わず顔を強張らせ、ブルートにいたっては身体が大きく跳ねる始末。


 リューヤを知る者と知らぬ者。

 そこで受ける衝撃差はとてつもなく大きい。




>>次回は「ナンバーズ」と言うお話です!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る