第9話 銀髪野生児と金髪姫

「うわぁ……やっぱり綺麗だよなぁ」

「今日もお美しい……あぁ、ヴィルヘルミーナさま」

「どうやったらあんな高貴なお方とお近づきになれるのだろう」



入学ランキング17位/400人

戦火の凶姫ヴァルキリープリンセス〉こと、ヴィルヘルミーナ・アルヴェスタ・ラバン。




 門から校舎へと続くメインストリートをヴィルヘルミーナ・アルヴェスタ・ラバンは颯爽と歩いていた。


 そのすぐ後ろには長身の細身の男。

 鼻高々に彼女のあとを自慢げについていく。



(もっと見ろ! もっと讃えろ! 崇めろ! 俺の姉さんは世界一綺麗でめっちゃくちゃ強ぇんだぜ。お前らのような低能の愚民どもが俺たち貴族と同じ空気を吸えるだけでもありがたく思ってひざまづけ!)



 この男の名はヴィンセント・アルヴェスタ・ラバン。

 ヴィルヘルミーナ・アルヴェスタ・ラバンの1つ下の弟である。



入学ランキング93位/400人

陰影の魔法剣士シャドウマージファイター〉こと、ヴィンセント・アルヴェスタ・ラバン。



 ヴィンセントは姉の受験に合わせて、自らも飛び級でレイアガーデンに入学した才子さいしである。


 しかし、どうも貴族の悪い部分が大部分を占めており、性格が非常に悪いとの評判の方が先行しているくらいであった。


 そして、彼は極度のシスコンである。


 姉に近づく輩には容赦はしない。

 いやらしい目つきをした、ゴミのような世の中の男たちから姉を守ると言う、その偏見に狂った一心で彼はどんな厳しい戦闘の訓練にも耐え抜いてきた。



 ラバン姉弟は、王国の東、大海に面する〈貿易都市アルヴェスタ〉一帯を治める、ラバン辺境伯の孫である。


 ラバン家は王国でも名門中の名門。

 近隣諸国にも広く知られた名家。


 そんな環境で育ったのだ。

 ヴィンセントが多少は貴族然としていても無理はないのかもしれないが。



 二人は校舎の玄関を過ぎると、一年の教室がある階に向かう。


 廊下にはC組とD組、G組とH組の間にそれぞれ階段があり、一年は4階である。


 ヴィルヘルミーナ(ミーナ)はH組、ヴィンセント(ビンス)はI組なので、同じ階段を昇っていく。

 

 ようやく階段を昇り終えたところで、ビンスがトイレに寄ると言い出し、二人は手をあげて別れた。

 

 ミーナが一年の廊下に姿を現すと、生徒からの視線が一斉に集まる。


 皆が羨望のまなざしを送る中でそれを気にも留めずに教室へと入ろうとした時。

 やたらと騒がしい男子の声が耳をついた。



「だからよォ、オリャ他のクラスの見物になんて行きたくねーて」


「おいおい、そんなんじゃレイアガーデンのトップなんて取れねーだろ。ヤンキーだっけ? それって気合いが入ってるヤツのことを言うんじゃなかったか?」


「くぅ……痛いところをつきやがるゼ」


「ダセーぞ、ブタ」


「黒猫、オメーは黙ってろ!」


 ミーナが声の方を向くと、そこには不良のような恰好をしたオークの少年と宙にふわふわと浮く黒猫。


 そして……



「ぎぎぎ、ギルくんッ!!?」


 声に出した瞬間にはミーナはすでに走り出していた。



 6歳の頃、幼稚園を卒園し、初等部への入学を控えた3月末日。


 賊に襲われて腹を刺され、性的な辱めを受ける寸前のところを自らを盾にして死に物狂いで守ってくれた、命の恩人の姿がそこにあったからだ。


 その銀髪の少年にミーナは勢い余って飛びついた。



(ああ、やっと……やっと会えた……ずっとキミにお礼が言いたかったのに)


 ミーナは襲われてから日を置かずに、父の仕事の都合で引っ越してしまっていた。


 襲われた日はギルも瀕死の状態で会話などできない状態だったのだが、それでも重体のミーナを抱えてラバン家に送り届け、二人はそれっきり。


 ミーナがギルと再会したのは実に9年ぶりのことだった。



「「「キャーーーーーー!!!」」」



 その光景を見ていた周りの生徒たちから悲鳴があがった。


 学年でも一・二を争うほどの美少女で、なおかつラバン家のご令嬢の才媛であるミーナが何の変哲もない男にガッツリと抱きついている。


 一般生徒たちからしてみたら、それは衝撃映像と言えた。



「え……と? あの……一体何がどうなってんの?」


 ギルは何が起こっているのか把握できずに、手持ち無沙汰の手をブラブラさせたまま、近くに浮いているクロベエに尋ねた。


「さぁ、ボクにもわかんない。またキミが何かやらかしたんじゃないの」


「そうなのかなぁ……」


 直立不動で固まっているギルに、抱きついた状態から肩に手を置いて距離を取るとミーナが口を開いた。


 込み上げてくる感情、涙が溢れてきそうなのをグッと堪えて、しんみりしないよう努めて明るく振る舞う。



「やぁ! レイアガーデンに入学したら必ずキミに会えると思ってたぜ。久しぶりだな。アタシを覚えてるかい?」


 金髪ポニーテール、少し吊り上がった切れ長の紺青色の瞳。


 確かにかなり美人である。

 それに胸も結構ある(抱きつかれていた時にそこに意識が集中していた)。


 しかし……


「んー? 人違いじゃね。誰かと間違えてるとか」


 と、見知らぬ少女を前に、ギルはそっけない対応をしてしまう。



「…………」


 自分は一体どんな言葉を期待していたのか。


 9年ぶりにようやく再会が叶った少年の口からは、あまりにも悲しい言葉が飛び出してきたのだ。


 ミーナは感情の行き場を見つけることができず、顔を紅潮させると勢い余って怒声をあげた。



「はぁーーーーーーッ!!?!?


 服が破けて下着姿のアタシに覆いかぶさってきて(←しました)

 血だらけになったアタシにまたがって(←しました)

 ぎゅっと強く抱きしめて(←しました)

 頬にキスをして(←したかも)

 失神寸前だったアタシに大好きだよって耳元でささやいてくれたのにいいい!!(←しました)」

注)全て、ミーナが賊に襲われた時にギルがかばうように助けに入ってから、絶体絶命で死を覚悟した状態の二人の間に起こった出来事です



「……あのー、それっていつの話?」


「まだお互い6歳とかだったと思うけどッ!」



 この様子を震えながら見ていた周りの反応。

 ネガディブ派(主に女子)


「幼児のうちから何という鬼畜プレイ!」

「ど変態ハードコアバイオレンス!」

「ザ・リアルビーストッ!」



 周りの反応。ポジティブ派(主に男子)


「ゴッドフィンガー降臨ッ!」

「灼熱マシンガンチョコボールッ!」

「一生ついて行くぜぇ兄貴ぃー!」



 周りのざわつきが収まらない中、金髪の少女ミーナは困惑の表情を浮かべてギルに言う。



「ねぇキミ、本当に思い出せないのかい……?」


「いやー、ごめんごめん。俺って頭が悪くてさ」


 ギルのその言葉に、それでも何とか感情を押さえていたミーナが【ブチッ!】とわかりやすくキレた。



「はああああああ!!? ギルくんが頭悪いわけないだろうがあ! 言い訳すんならもっとマシなもんを用意しろぉ!」


「『ギルくん』? え? あーーーーーッ!! ってことは、もしかしてアンタはミナちゃ――」


 だいぶ背も伸びていて、髪型もポニーテールになっていたからわからなかったけど、綺麗な金髪に切れ長で少し吊り上がった紺青色の大きな瞳、面影は確かに残っている。


 そうか間違いない。

 この子はミーナ。

 ヴィルヘルミーナ・アルヴェスタ・ラバン。


 4歳から6歳の頃まで同じ幼稚園で過ごし、いじめられっ子だったギルをいつも周囲のいじめっ子から助けてくれた、まさしく恩人である。


 ギルがミーナとの再会を喜び、にやけ顔でその名前を口に出そうとした瞬間だった。 



 一旦バックステップで距離を取り、ミーナはピーカブースタイルからのダッシュステップイン。



「おうりゃぁあああ!!!」【ドフッ!】


「ごふぅぁ……な、なぜっス……」


 振り子運動の勢いを利用して、突き上げるようにして放たれた強烈な左レバーブローがギルの肝臓に、拳一つ分ほどモリッと深くめり込んだ。


 思わず両膝から崩れ落ちるギル。

 あまりにど急所にピンポイントで喰らってしまったため、声にならない。


 常に目の前のことに気を張って生きてきたために、過去のことは忘れてしまいがちではあった。


 そして、あの日起きた出来事はあまりにもおぞましく、凄惨過ぎて、自然と記憶の奥底へと封じ込めてしまっていた。


 だけど、どんな理由があったとしても、ミーナとの思い出は一つたりとも決して忘れてはいけなかったのだ。


 でも、彼女に謝りたくてもレバーブローが見事に突き刺さり過ぎて声が出せない。これ、たぶん肋骨を何本か持って行かれている……。



「フンッ」


 踵を返して、肩にかかったポニーテールの後ろ髪を手で払い、ミーナは肩をいからせてプリプリしながら立ち去っていく。


 涙で霞むギルの視界の中からも、その姿がどんどん遠くに小さくなっていった。



 こうして、入学早々、ギルは女子の7割を秒で敵に回すことになる(それでも残りの3割はむしろハードなプレイ内容に興奮していた)。


 そして逆に男子の5割からは尊敬のまなざしで見られるようになったらしい(ちなみに残り5割は『絶対〇す』と息まいていた)。



 ちなみに、この一件により、ギルは、ど変態鬼畜リアルビースト⇒リアルな獣⇒〈リア獣〉の通り名で一部から呼ばれるようになる。


 ただ、ギル本人は、「リア充ってあれだろ? リアルが充実しているってヤツ。そっか、俺ってそう見えてんのかー」などと呑気に言って、普通に気に入っている様子であった。


 色々残念なギル。

 ミーナと和解できる機会はこの先訪れるのだろうか。




>>次回は「この世で一番嫌いな奴」と言うお話です!

――――――――――――

【異世界デスアカデミー】の豆情報コーナー(,,>᎑<,,)ヨンデクレテアリガトネ


ミーナとギルは幼馴染。

ギルはああ見えて昔はもの凄く勉強ができて、ミーナはギルに勉強を教えてもらっていたくらい。


一方で呪いによって制約を掛けられていたギルは運動が全くできず、呪い(戦闘適性ゼロ)のせいで、どう頑張っても攻撃を相手に当てることができなかったので、それを面白がっていたいじめっ子たちから毎日のようにいじめられていたんだよ。

その時、ギルを助けていたのがミーナってわけだね。


でも、仲良しだった二人に突然の別れがやってくる。ミーナのお父さん(王国の外交官)の転勤によって、初等部小学校に入る前に引っ越すことになってしまったんだ。


一方的に別れを告げたことを後悔していたミーナはギルに一言謝りに行こうと思って家を訪ねようとしたんだけど、その道中で運悪く賊に襲われてしまって、後から通りかかったギルに助けられたんだ。


実はその時、ギルにはもう一人心強い仲間がいて、実際はその仲間が助けてくれたようなものなんだけど。


そして、本編でもあった通り、重体のミーナを背負ってラバン家に何とか届けた後、ギルも生死を彷徨うような状態だったから、二人はちゃんとお別れもできずにミーナの引っ越しによってそれっきり離れ離れになってしまったんだ。


だからミーナは再会できて心から嬉しかったと思うし、その思いを裏切られたのだから怒るのも当然だよね。



――――――――――――

★作者(月本)の心の叫び


今回の再会エピソードはずっと書きたかった話でした。

これを機にラブコメに方向展開しようと1ミリだけ思いましたが、自分にラブコメは書けないことを思い出して即やめました(;・∀・)


このお話が気に入ってもらえましたら、★評価や作品フォローもぜひお願いしますッ(。>ㅅ<)✩⡱ナニトゾー

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