第35話 不快感

【童女の血の制裁】から9日が経っていた。


 放課後。東塔の上。

 東塔は王城を改装して作られているレイアガーデンならではの施設。

 最上階は見張り台となっていて、ギルたちはその屋根の上にいた。


 ギルはクロベエ、ブルート、ロビン、そして飛び入り参加の狐獣人ルナールジュナと円座になって作戦会議。


 翠は問題(強者による一方的な暴力と判断された)を起こしたことによる10日間の謹慎がまだ明けていない。

 よって、この場には不参加となっている。



「やっぱり、翠には申し訳ないことさせちゃったよな」


「いつまでもそう気にするでない。翠のヤツはおヌシのためならばいつでも喜んで殺戮を行うじゃろうて」


「いや、それはそれで怖ぇーから!」


 先日の〈童女の血の制裁〉と言われる出来事。

 翠はギルを悪く言う連中が許せなくてあの事件を起こしたということを後から知ったギルたち。


 そして、噂が立ち始めてから一学年全体の様子がおかしくなったこと。


 急にあちこちでデュエルが行われるようになったことで、生徒たちがあまりにも殺気立っており、そのうち死者が出るのではないかと方々で囁かれ始めていることも耳にしていた。



「ねぇ、この中で決闘デュエル仕掛けられた人っていたりするのかな?」


 ジュナを前にしてカッコつけたいクロベエが仕切りを見せる。

(クロベエはジュナのことが好きなのだ)



「我は何度か声を掛けられたぞ」


「確かにロビンは見た目弱そうだもんね。で、どうなったの?」


「うむ、それがマクガフをチラつかせた途端に逃げられてしまっての。我もデュエルをやってみたかったのだが」


 あぁ……と、ジュナ以外のその場にいた全員が納得する。

 ゾンビスライムの魔苦蛾腐マクガフは気持ちが悪すぎるのだ。

 わざわざそんな気持ちが悪い敵と戦いたいという生徒はかなり限られるだろう。



「オレはまだねーな」


 ブルートが口の端にくわえたチョコ棒をカリっと鳴らしながらちょっとカッコつけ気味に言った。



「お前なんて絶好のカモだと思うんだけどな。それに入学式の気持ち悪い演説の効果で、学年中からロックオンされてそうだし」


「ば、バカなこと言ってンじゃねーヨ。オリャ、見るからに強そうだから、他のヤツらがビビってるだけだっての」


 この話。

 もちろんダウトである。


 実際はブルートの唯一の舎弟分と言える、ノブオとシンペーが懸命にブルートの武勇伝(もちろんハッタリ)を各方面にフカしまくって、半信半疑ではあるものの、他の生徒たちが様子見をしているだけの話であった。



「いずれにしても、巻き込まれてないのは良いことじゃろ。ただし、このまま待っていてもこの騒動は収まらないじゃろうな。ギルよ。おヌシの考えを聞かせてはくれぬか?」


 ジュナのオレンジの隈取の中の瞳がギルに向けられる。

 ギルは、「ん~」と顎に手を当てて、一瞬考え込むような仕草を見せた後で、素直な思いを言葉にしていく。



「今回の件……まぁ誰かに仕組まれているってことだよな。で、十中八九、首謀者はB組のリューヤってヤツだと。でも、妙な気持ち悪さがあるんだよな。俺、そいつとは面識ないから恨まれるような覚えもないし」


 それはどうにも言葉にしにくい感覚だった。

 直情的なギルには考えも及ばないやり口。


 今回のように相手の考えがまるで理解できない時は、得体の知れない感覚に捉われるのがギルの性分なのだ。



「いや、リューヤはたぶん何も考えちゃいねぇ。ありゃ、遊んでるだけだと思うゼ」


「遊んでる?」


「そうだ。アイツはとことん嗜虐的なんだヨ。標的ターゲットを怒らせて、困惑させて、追い詰められて精神が壊れていく様子を見て愉しむ。結局、バロバスのヤツだって、竜の呪いによって木偶人形よろしく、いいように操られていた訳じゃねぇか。たぶん、アイツにとっちゃバロバスが勝とうが負けようがどっちでもよかったンだと思うゼ。テメーが愉しけりゃそれでヨ……」


 ブルートの推察。

 それは大筋では合っていた。


 ただし、一つだけ重要な見落としがあることにはこの場の誰も気づくことができずにいたのだが。



「変態どS野郎ってか。んじゃこれ以上面倒に巻き込まれる前に、とっととヤっちまうか」


「事はそう簡単には済まぬだろうよ」


 と、今度はロビン。

 彼女はこの場にいる誰よりもリューヤの能力についての造詣が深い。

 実際に竜の呪いを解呪したロビンの意見に一同は耳を傾ける。



「ギル、うぬが思っているよりもリューヤは数段厄介だと思っていた方がいい。あの呪い。解呪には成功したものの、その付与方法や効果の詳細についてまでは我も分からぬのだからな」


「でもさ、バロバスの時はタトゥーを入れたって言ってたよな。それが呪いの付与方法ってことだろ?」


「まぁそうだな。だが、それだけとは限らんぞ」


「と言うと?」


「わからぬ。が、仮に傷一つ付けるだけで呪いを付与できるとしたら、うぬに勝ち目はあるか?」


 傷一つ負わない。

 それは初見でリューヤの攻撃の全てを交わすか防ぐかしろと言われているのに等しかった。



「いやー、そりゃさすがに難しいんじゃねぇか」


「だろう? なら、まだ軽率に動くべきではない。我らはリューヤについて知らないことが多すぎる」


「ンだよ。結局情報待ちってか。なんかモヤモヤさせてくれんじゃねぇか」


 学年全体に得体の知れない渦が広がり、濃い霧に包まれているような感覚の中。


 一同の出した結論はけんであった。


 もうしばらく状況を見つつ、偵察を得意とするクロベエとブルートがそれぞれリューヤの調査を行うと言うことで話はまとまったのだが、ギルだけは嫌な予感を拭いきれずにいた。


 そしてその予感は図らずも当たってしまうことになる。


 学年トップ10ナンバーズのリューヤ。

 この段階で交わるには早すぎる相手だったのだ。




>>次回は「沸点」と言うお話です!

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