第34話 【ミーナ編】贖罪

 アタシが6歳の頃。

 家の都合で引っ越すことになった。


 アタシはアルヴェスタを治めるラバン辺境伯の孫にあたるけど、父は外交官。


 その父の転勤によってラバン辺境伯おじいちゃんを残し、父、母、アタシ、ビンスの4人は国外へ移り住むことになったのだった。



 幼稚園でいつも一緒に過ごしていた親友のギルくんに引っ越すことを告げたあの日から、アタシたちの関係はギクシャクしていた。


 大泣きして引き止めてくれたギルくん。

 子供の力じゃどうにもならないことがあると、冷静に跳ねのけてしまったアタシ。


 どちらも何も悪くない。

 ただ、幼い二人の感情が、想いがすれ違っただけなんだと思う。


 それでも、そんな気持ちのまま引っ越すのはどうしても嫌だった。


 引越を明日に控えた3月末日、夕食後。

 気持ちを伝えるなら今日しかないと、アタシは護衛の騎士を1人つけ、ギルくんが暮らす孤児院へと夜闇の中向かった。



 あれは今思い出してもアタシの人生史上で最悪の出来事。

 アタシは賊に襲われて身体を数か所、刃物で刺され、危うく慰み者にされる寸前だった。


 護衛の騎士は賊に殺され、絶体絶命の窮地。

 その命を救ってくれたのがギルくんだった。


 でも、ギルくんはとても弱い。

 幼稚園でも一番と言えるほど運動ができず、当時使えた魔法は回復のみ。


 そんなギルくんが一体どうやって助けてくれたのかはわからないけど、消えゆく意識の中で微睡みながらも会話した内容は覚えている。


 それはまだ幼い二人が懸命に相手を想い合った可愛い会話だったと思う。


 そこから意識はぷっつりと消えて、次に目を覚ましたのはラバン家のアタシの部屋。


 血だらけのギルくんが重体のアタシと孤児院で飼っていた大きな白い猫の死体を担ぎ、肩口から切り落とされた自分の右腕を手にしたまま、朝方港までやってきたのだと言う。


 捜索中のラバンの護衛の騎士にアタシを預けて、彼は丘をのぼって行った。


 ……と、そこまでが護衛から聞いた当日の話。



 それから、アタシはひと月ほどでようやく元通りと言えるくらいに回復し、引っ越し先の暮らしや学校にも少しずつ慣れてきた頃。


 どうしてもギルくんに会いたくなった。

 お礼を言わなければ気が済まなかった。


 

 5月の連休を使って、アタシは両親の猛反対を振り切って、実家であるラバン家へ向かった。

 5人の護衛騎士をつけられたけど。


 目的はもちろんギルくんが暮らす孤児院を尋ねることだ。

 休日なら彼には孤児院か図書館かのどちらかに行けば会えるはず。

 その時はそう信じて疑わなかった。



「え? あの、今のどういうことですか?」


 目の前には小さな孤児院を1人で切り盛りする、まだ20代と若いカロランさん。



「ギルは4月の終わりに一人でこの孤児院を出て行ったの」


 彼女の口から伝えられた言葉にアタシは耳を疑った。

 頭の中は瞬時に恐慌状態。


 思考の整理がつかないまま何も言えずにいると、その様子にカロランさんが気を使ってくれたのか、さらに補足をしてくれた。



「うん、そうなの。さっき言った通りよ。ギルはもうここにはいないの。


 実はギルには初等科に入学してすぐにレイアガーデンに飛び級で推薦の話があったのね。ほらあの子、勉強が飛び抜けてできたから。


 でも、レイアガーデンは決闘デュエルで成績が大きく変わるっていう独特のルールみたいのがあるじゃない。それを知って考えが変わったみたいなの」


「えっとその……考えって……。ギルくんは何て言っていたんですか?」


「…………。


『もう弱い自分は嫌なんです。大切な人を守れるくらいの強さがほしい。呪われていたって、今から誰にも頼れない状態で9年間毎日死に物狂いで研鑽を積めば、ボクだって強くなれると思うんです』


 あの子はここを旅立つ前に、そう言ってたわ――」


「そんな……」


 アタシのせいだ。

 そう思った。


 ギルくんはあんなに勉強が好きだったのに。

 沢山勉強して、将来は医療魔術師になって多くの人の命を救いたいって優しい表情を浮かべて言っていたのに。


 アタシが自分の気持ちに区切りをつけたいがために、思い付きのまま危険を省みず、夜に出歩いて襲われて、ギルくんに大けがをさせてしまったばかりか、彼の将来の夢まで……奪ってしまった。



「ああ、あああああああ! うわああああああああああ!!」


 心が行き場を失くしていた。

 苦しくて苦しくて胸が張り裂けそうだった。


 その場に膝から崩れ落ち、無意識に頭を抱えた。


 涙が、鼻水が、涎が止まらなかった。

 叫んでいないと気が狂ってしまいそうだった。


 アタシの慟哭がおさまったのはずいぶん経ってからだったと思う。



「ねぇ、ミーナさま」


 ずっとアタシの背中を撫でながら様子を見てくれていたカロランさんが、落ち着きを取り戻したことを見計らって声を掛けてくれる。



「……はい」


「ギルはね、どんな手を使ってでもレイアガーデンに行くと思うの。あの子は一度決めたら、今回のこともそうだけど、決して自分の考えを曲げないでしょ。


 だからね、あなたもレイアガーデンに行けばまたきっとギルに会えると思うの。9年後。あなたたちはきっとまた会える。お互い成長した姿でね」

 

 そう優しく告げられた言葉にアタシは導かれたのだ。


 レイアガーデン。

 当時のアタシでもその名を知っていた、世界に名を轟かす超名門校。


 そして、その裏で〈デスアカデミー〉とも呼ばれ、黒い噂が絶えぬことも。



「カロランさん。アタシ、必ずレイアガーデンに行きます。ギルくんにもう一度会うために――」


 そして9年後。

 アタシはレイアガーデンに合格し、無事に入学を果した。


 ギルくんもだ。

 彼はアタシのことは覚えていなかったけど、もうそれも今となってはどうでもいい話。


 アタシが彼の人生をめちゃくちゃにしたという事実。

 それだけはどれだけ悔やんでも消えてはくれないのだから。


 罪滅ぼし。

 そんな軽いニュアンスでは到底収まらない。


 贖罪。

 そうだ。アタシは罪を償わなければならない。


 この国を豊かにするほどの才気に溢れていた少年の夢を奪ったのだ。

 だからアタシにできることなら何だって――



 自分の想いは二の次だ。

 あの頃の彼の夢を奪ってしまった以上、せめて今の夢を全力で応援したい。


 アタシはそのために〈デスアカデミー〉に来たのだから――




>>次回は「不快感」と言うお話です!

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【ファンタスティックロワイヤル】の豆情報コーナー(,,>᎑<,,)ヨンデクレテアリガトネ


本作のヒロインの一人。ミーナ。

普段は明るくお転婆な彼女だけど、実はそんな思いを抱えていたんだね。


確かに彼女側から見たらそう思うのも無理はないけど、ギルの方はまた別の想いから6歳で冒険に旅立ったはず。


ギル視点での詳しい内容が知りたい人は念のためURLを張っておくので見てみてね。

https://kakuyomu.jp/works/16817139558143902273/episodes/16817139558175950066


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★作者(月本)の心の叫び


想いのすれ違いが起こってますね(;・∀・)

悲壮な決意を胸にレイアガーデンに入学してきたミーナ。


これからまた一波乱ありそうな雰囲気が……

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