第一章 【呪われた少年】

第1話 白銀の吹雪と深紅の稲妻

「空一面が血塗られていた」と誰かが言った。


 冬を間近に控えた月ゆる夜。


 突然、山が吹き飛んだかのような爆裂音と共に空に亀裂が走り、そこから大地を震わせる轟音を伴って猛吹雪が発生した。


 さらにその吹雪の中を見たこともない深紅の稲妻が飛び交うという異常気象、いや超常現象が現実に起こった。


 激しく荒れ狂う天候の中。妙齢の女の切なる想いが辺り一帯に木霊こだまする。



――坊や、我の可愛い坊や、愛しい坊や。

どうか、あなたは幸せに。

この世に起こりうる全ての災厄から、未来永劫、その身を護れるように。

あなたに我の力を……あの人の想いを――



 それからも、赤子が泣き叫ぶような声を伴いながら、白銀に輝く猛吹雪が吹き続け、一帯を氷の街へと変えた。


 深紅の稲妻は、泣き叫ぶ声を必死でかき消すかのように、明け方まで夜空を赤く染めて鳴り響いた。


 星天の空の下、吹雪と雷鳴と稲妻が奏でる異様な狂騒に包まれた、そんな一夜だった。





 一夜が明けて、孤児院長のカロランが外の様子を見に行くと、施設の敷地の門前に置かれた籠に目が留まった。


 二十代半ばとまだ若いにも関わらず、来る日も来る日も子供たちのためにその身を捧げる日々。


 それでも自身も施設で育ててもらった恩を返したいと、職場に孤児院を選んだカロランにとって、行き場のない子供たちとの生活は天職だと思えていた。


 しかし、全ての子供が平等ではない。その最たる例が今カロランの目の前に映る籠の中に存在する。



「また、か……」


 一つ溜息をつくと意を決して籠に近づく。施設では育児放棄された子供が捨てられていくことは珍しいことではなかったからだ。


 ただ思う。

 身勝手な親は施設なら育ててくれるという甘い考えで子供を置き去りにするのだろうが、子供をこんな極寒の外に放置したらどうなるかくらい推し量れないのだろうか。


 穏やかな季節ならまだしも、明け方の気温が氷点下にもなろうというこの冬の時期なら籠の中に入っているのは紛れもない死体なのだ。


 しかも昨晩は災害レベルの悪天候、見たこともない猛吹雪。今も周りは積もり積もった豪雪に囲まれている。当然気温は氷点下。



(こんなに寒かったら赤ちゃんどころか大人でも生きてはいられないわ)


 彼女は朝から酷く憂鬱な気分になった。しかしその死体を見届けるのも自分の運命ということをカロランは悟っていた。恐る恐る籠に近づき、中を覗くと――


 穏やかな寝顔の赤ん坊がそこにいた。



 籠の中は結界が張られているようで、中に手を差し込むととても暖かい。


 赤ん坊のそばに添えられていた亜麻製の紙には〈ギルガメス・オルティア〉という、名を示す文字が書かれていた。


 首にはお守りだろうか、四角推の形状の中に六芒星ヘキサグラムの魔法陣を思わせる紋様が埋め込まれた、赤い首飾りがつけられていた。



 「結界に守られていた赤ちゃんだなんて。親御さんは魔法使いか何かかしら」


 さっきまでの憂鬱な気分はどこへやら。カロランは足取りも軽く、籠を大切に抱えると施設の中へ戻っていった。





 ギルガメス・オルティアは孤児院の皆から自然と、〈ギル〉と呼ばれるようになる。


 まるであの時の空を覆っていた深紅の稲妻のような色をした真っ赤な双眸と、闇夜の雪のような白銀の髪色。


 髪も瞳の色も珍しいので目立つ。だが、本人はと言うと、目尻の下がった優し気な表情が印象的な、いたって静かな子供であった。


 孤児院長のカロランはギルにとても親身に接した。自身も施設の出身の彼女だが、決して良い環境とは言えない中でも悪意に染まることなく育てられた、善意の塊のような人だった。





 周りの大人たちに恵まれたギルは大きな問題もないまま4歳の歳を迎えた。春になり幼稚園に入園すると、ギルの際立った能力の一端が見えてくる。


 ギルは周りの子と比べても明らかに知能が高かったのだ。入園して一日で文字を覚え、初等部で習う簡単な計算式も三日もかからずにマスターしてしまった。


 一方で運動は大の苦手だった。


 最初は他の子と同じように園内の遊具で遊んでみるのだが、全くと言っていいほど何もできない。ブランコに乗ろうとするとバランスを崩して落ちてしまうし、ジャングルジムもシーソーさえ、まともに乗ることすらできなかった。


 遊具での遊びは一向に上達する気配を見せないので、ギルは一人で本を読む時間が増えていった。幼稚園に置いてある本(と言ってもほとんどが絵本だが)は大体読んでしまったので、しばらくするとギルは時間があれば近くの図書館に行くようになった。



 図書館はギルにとって初めて味わう安息の地であった。新しい知識に囲まれる感覚に心地の良さを感じずにはいられなかった。


 その中でもギルが特に夢中になったのは、先人の活躍が描かれた英雄譚や冒険小説だったが、その中でも特にある冒険者の活躍を描いた〈英雄と呼ばれた冒険者〉という小説に心を奪われた。


 鎧を好まず、普段は酒を飲み、女性にちょっかいを出しては振られて、憂さ晴らしで興じるギャンブルでは連戦連敗。


 いつも貧乏でバイト暮らしの冴えない人なのに、王国の危機になると誰よりも早く駆けつけて、その冒険者が先陣を切って大剣を振りかざす描写には心底痺れた。



(かっこいいな。いつかボクもこんな冒険者になりたいな)


 しかし、現実は冒険者どころか同年代の男子は言うに及ばず、女子の誰にも運動では足元にも及ばないほどのレベルなのだ。


 しかしギルは思い出す。少し前に読んだ本に書かれていたのだが、成長には個体差があって、成長期が来ると驚くほど身体能力が向上することがあるという。



 (成長したらきっと運動だってできるようになるよね。焦らずにやっていこう)


 と思い直して、その日は終わるのであった。

 それはいつものことだった。




次回予告:「年上には敬意を払うべし」

――――

★作者のひとり言


作者の月本です!


本編はエピソード0に比べると、だいぶマイルドになっていたのではないかと思います(^^ゞ

だから何だと言われたらそれまでなのですが……


出生に謎がありそうですが、それは今後徐々に明らかになっていきます。

なかなか能力に偏りのありそうな主人公のギル。


幼いながらも苦労しそうな気配が漂っています(;・∀・)

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