第22話 エッジロードリッチ

 ブルートが回復したこともあって、ギルたちは再びアカデミーへと戻ってきていた。


 3コマ目の授業が始まる前の休み時間。

 ギル、クロベエ、ブルート、ロビンがJ組の教室の扉をくぐると、教室の奥に人だかりができていた。



「あれ? あそこってオメーの席があるとこじゃね?」


 ブルートが指差す方向は窓際の後ろ。

 確かにギルの席がある場所だった。



「何かあったのだろうか? 死体でも埋まっていたら面白いのだがな」


 ロビンは「ヌヒヒ」と不気味な笑いを口元に浮かべている。



「やめろ、気持ちわりぃな。俺の席からそんなもんが出てくる訳ねーだろ。まぁ、とにかく行ってみっか」


 四人が近づいていくと、人だかりの中から突然ヌッと巨漢の男が頭を突き出した。


 スキンヘッドにトライバルのタトゥー。

 バロバスだ。


 そしてどういう訳か、J組のクラスメイトたちはギルに気づくと、自然と道を譲ってくる。


 彼らの表情は好奇に満ちていて、これから始まるであろう揉め事の行方に強い関心を示しているように見える。



「おい。そこは俺の席だぜ。何やってんだ?」


 ギルが背後から声を掛けると、窓の方を向いていたバロバスがこちらに向き直る。


 なるほど、正面から見ると確かにデカい。

 J組の中では大柄なブルートが小さく見えるほどには。



「ギルガメスだな?」


「そうだ。俺に何か用か?」


 ギルの問いかけに、バロバスは机の上に置いていた封書を手に取り、ギルに直接手渡してくる。



「ん、なんだこれ? 『果たし状』?」


「お前に決闘デュエルを申し込む。だから持ってきた」


 ギルは果たし状に視線を落とすと、中に書かれている内容に目を通す。


 それは時間、場所、条件が書かれているだけのシンプルな内容だった。

 ギルはバロバスのその凶悪な見た目とは裏腹な、筋を通す義理堅いタイプであることに多少の違和感を覚える。


 不意打ちとか、手下を使って監禁するとか、そういうタイプかと思っていたので意外な一面を見せられた気がしていたのだ。



「そうか。わざわざご苦労なこった。基本的にデュエルを拒むつもりはないから受けるけどよ――」


「……どうした?」


「お前って何でそんなに寂しそうなツラしてんだよ? 確か、封鎖都市ギランレーで武闘派集団の頭張ってたとかじゃなかったっけ? もっとこう、バトルジャンキーみたいなヤツを想像してたからちょっと意外っつーか」


「…………」


 バロバスはギルの問いには答えず、一歩前に歩み寄るとほとんど真上からギルを睨み下ろす。



「……放課後、待っている」


 それだけ言い残すと、大きな体躯を揺らしながらJ組を後にしたのであった。


 バロバスが教室から出て行ったことを確認すると、それまで人だかりに隠れるように身を屈めていたブルートがギルの元へとやってきた。



「ったく、なんだあの野郎。オレ様の教室に入ってきて、好き放題しやがってヨ」


 ブルートがどこから出したかわからないサングラスをかけ、チョコ棒を口に咥えてカリカリ鳴らしながら、「あ~、次会ったらマジやっちまうかぁ」とか言ってイキっている姿があまりにも悲しく、教室の生徒たちは憐みの視線を向けるのであった。



「ほぅ。ブルートよ。うぬがそんなにリベンジに燃えているとは思わなかったぞ。それならギルに頼んでデュエルを譲ってもらえばいいのだ。なぁギル?」


 ロビンは真に受けやすいタイプなのか、ブルートの精一杯の強がりを後押ししてみせた。



「バッ、ち、ちげーし。オリャ、バロバスがわざわざ直接ギル本人のところへやってきた漢気は買ってんだヨ。そいつを反故にしてまでヤってやろうとは思ってねーから安心しろ。な、ギル?」


 サングラスの奥の目がキョドりまくっているのは誰に目にも明らかだった。


 何かを口にすればするほどメッキがボロボロと剥がれ落ちて行くのだから何も言わなきゃいいのに……と、ロビン以外のその場に居合わせた生徒たちは思った。



「ん……そうだな。せっかくのエンブレム獲得チャンスだし、ブルートに譲る気はねぇよ。まぁ、俺が負けたらその時は頼むわ」


 ギルはブルートに肩越しにそう言うと、再び窓の外へと視線を向けた。



「お、おぉ。だよな。わかったぜ、骨は拾ってやるから安心しろ」


 なぜか面目は保たれたみたいな顔をしてガハガハと笑うブルートをよそに、クラスの連中はギルに対しても憐れんだ視線を向けている。



「あの人、入学早々バロバスに目を付けられるなんてかわいそー」

「あぁ。あの刺青超獣に目を付けられるなんて何をしでかしたんだか」

「別にいいんじゃない。ザコは早いうちに間引かれちゃった方が」

「そうだな。生徒が少なくなればなるほどトップが見えてくる訳だし」

「だとしても、あんな弱そうなのによくデュエルを受けるなんて言えるよね」

「どこにだって身の程知らずってのはいるって。アイツだってやられりゃわかんだろ」

「でも、普通に死んじゃったりして」

「アハハ! ひどーい」


 好き勝手なことを言う生徒たちに対して、沸々と怒りを滲ませていたのはブルートだ。


 元はと言えば自分のせいでこうなったのに、それを恩に着せる素振りも見せずに「あとは俺に任せとけよ」と言ってくれた友に対して、事情も知らないヤツが何を知ったようなことをほざいてやがる――


 ブルートが背中から鉄パイプを抜き出し、生徒たちに殴りかかろうとしたその時。


 憶測でギルのことを蔑んでいた女生徒の顔にベタっと黒いドロドロがへばりついた。



「ぎゃーー!!」


「おっとすまぬ。そやつは我の使い魔、ゾンビスライムの魔苦蛾腐マクガフじゃ。心の薄汚い生物にくっつきたがる習性があるもんでな。特に相手のことを知りもせずに、ただ面白がって誹謗を口にするような塵芥ゴミクズが大好物なのだ」


「うわあああああ! 逃げろー!!」


 マクガフのあまりの気味悪さに、生徒たちは我先にと蜘蛛の子を散らすように四散していった。


 ブルートは嘆息をつくと、真っ黒なローブをまとった小柄な魔女にジロリと視線を落とす。



「んだヨ。オレ様がブチのめしてやろうと思ったのにヨ」


「わかりやすい暴力はやめておけ。ああいう輩は脅すくらいで十分だ」


「へぇ。昨日までは口も利いたことがなかったオレらに随分と肩入れしてくれるじゃねぇか。……言えよ。何を企んでんだオメーは?」


 やや挑発めいたブルートの物言いに、ロビンは「ぬひひ」とわざとらしく不気味に微笑んで見せた。



「我は中二病。すなわちロマンを求める者よ。そんな我があのような呪いまみれの個体を見て胸がトキめかない訳がないだろう? ギルガメス、あれはいい。アカデミーでつるむなら、あのようなロマンの塊と我は決めておったのだ」


 ロビンは窓の外を眺めるギルを杖で差し、幼い顔に高笑いで己の感情を表現する。



入学ランキング20位/400人

中二病の死霊魔導士エッジロードリッチ〉こと、ロビン・ティセリウス。


 こと魔術においては学年トップクラスの実力者。


 本日放課後。

 そんなロビンの見守る前で、バロバスとのデュエルが始まるのだった。




>>次回は「使い魔の競演」と言うお話です!

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