第45話 特別な想い

 バロバスの掛け声とともに拳が交錯する――


 と言う展開にはならない。

 ギルとリューヤは睨み合ったまま、互いの適正距離を求めて少しずつ間隔を空けていく。


 すると、リューヤがピタリと停止。

 ポケットからカードを取り出すと曲芸的な技カーディストリーを披露し始めた。



「何の真似だトカゲ?」


「何もかんもねーよ。これが俺の戦い方だ」


「へぇ、キッモ」


 カードで遊んでいるように見えるリューヤに焦れたのか、ギルは床を蹴り一直線に攻撃を仕掛ける。



「おうりゃッ!」


 ギルの拳がリューヤの顔面を打ち抜く。

 と思われたその時、宙を舞っていたカードがギルの腕を激しく切り刻む。



「ぐぅッ」と声が漏れ、一旦バックステップ。

 大きく距離を取ると、腕に視線を落とす。


 一瞬で刃物などの、鋭利な何かで切られたような切創きりきずがつけられている。


 すぐに腕を引いたので傷は浅かったが、目で追えないほどの速度で刻まれた痕に驚きを隠せない。



「ほぅ、あの者。あんなナリしおって特殊武器使いか」


 腕組みをしながら感心したように狐獣人ルナールのジュナが言うと、隣にいたハーフエルフの薬士、ラヴィアンが反応した。



「ねぇじろきち、じゃなかったジュナ。特殊武器ってなんですか?」


「ふむ。こっちの世界での呼び名は知らぬが、一見して武器とは思えぬ物を自身の能力アビリティで武器として扱う場合、それをアチシらの世界ではそう呼んでおった」


 ジュナとラヴィアンも以前一緒に旅をした間柄であった。

 彼女たちは入学後にすでに言葉を交わしており、情報交換なども行っているようである。



「へぇ、武器とは思えないものを武器にすることができる……ですか。確かに初見だと厄介ですね」


「その通り。うかつに飛び込むとあぁなってしまうでな。お嬢も気をつけることじゃな」


 ジュナはラヴィアンをお嬢と呼ぶ。

 それは以前、共に旅をしていた時の名残であった。



「ええ、そうします。でも、ギルなら何か策を講じてくれるはずです」


「だとよいのだが。どうもあやつはアチシらの知っているギルとはだいぶ変わってしまったようじゃぞ」


「え、そうですか? どの辺が?」


「ふん、あの辺がじゃな」


 ジュナが親指をクイクイと向けたその先に、ギルが右手に回復を当てて回復し終わった様子が目に入る。



「おうりゃあああああ!!」


 ギルはまたしても正面突破を敢行。


「それはさっき上手くいかなかったじゃないですかー!」と、ラヴィアンは悲鳴のような声をあげる。



「単細胞のバカだったかよ。テメーなんざ俺の相手じゃねーな」


「体術・〈金剛スーパーアロイ〉ッ!」


「なッ……」


 舞い踊るカードをギルの腕が金属のような硬度で弾き返す。

 そのまま、「ドーン」と自ら口にすると、リューヤの顔面に右拳が突き刺さっていた。



「ぐほぉ……」


「うらあああっ!」


 そのまま左のハイキックを狙うが、リューヤはスウェイバックで間一髪交わすと、そのままバックステップで距離を取った。



「ケッ、逃げ回ってんじゃねーよ。トカゲ野郎」


 今度はギルの攻撃がヒット。

 リューヤは殴られた頬を腕で拭うと、床にペッと血が混じった唾を吐く。



「たまたま一発当たったくらいで調子に乗ってんじゃねぇぞ」


「おーおー、ザコっぽいセリフを吐いてくれるねぇ。でも、俺は気合いが入ってるヤツは嫌いじゃねぇぞ」


「どの口がほざいてやがる!」


 言うなり、リューヤはカードを宙に展開。

 52枚のカードが空中で停止して二人を囲んでいた。



「なぁんか嫌な感じじゃん」


「その予感は当たってるぜ、クソザコ!」


 リューヤが怪しげに手を動かす度にカードがギルに向かって飛んで来る。ただ、ギルは想定内だったようで。



「わかりやすい攻撃だな」と、体捌きだけで全ての攻撃を交わしていく。


 しかし攻撃には続きがあった。

 リューヤはカードをもう1セット追加。

 計104枚のカードがギルに襲い掛かる。



「テメッ、そんな簡単に手数を倍に増やすんじゃねぇよ」


「ふん、お前ごときの相手はカードで十分なんだよッ」


 それでもギルは交わす交わす交わす。

 だが、あまりの手数にリューヤ本体に攻撃をする隙が無いのも事実。



「ちぃぃっ」


 ギルは一旦大きくバックステップし、カードが舞うエリアを脱出。

 そして――



「ファイアッ!」


 左手を掲げて火魔法を発動。

 舞い散るカードを一瞬で焼き払うと、その先のリューヤに目を凝らす。


 が、リューヤの姿はそこには無い。

 上下左右、高速で視線を動かす。



「ここだぁ、クソゴミぃ!」

「ぐふぅッ」


 背中からひと蹴りを喰らって前のめりに倒れるところを、前転受け身を取ってすぐに反転。そして床を弾くように蹴ってリューヤに反撃。



「って、また消えただと……!?」


 すでにリューヤの姿はない。

 死角にその身を置いている、という訳ではなかった。

 見えないのはギルだけではなかったのだから。



「ジュナ! これは一体どういうことなんです?」


「ふむ、どうにも不可思議じゃな。アチシも初めて見る術じゃ」


 慌てた様子のラヴィアンがジュナに尋ねるが、何とも素っ気ない回答が返ってくる。



「そんな……。それじゃギルが!」


 苛立つラヴィアンは語気を強めた。

 それでもジュナは眉一つ動かすことはない。



「ギルがなんじゃ? お嬢、これは1対1の決闘じゃ。もし、アチシが術の正体に気づいたとて、それを口にするのはフェアではない。おヌシはそうは思わぬか?」


「それは……」


「この程度に反論できぬなら黙って見ているのじゃな。どうもおヌシは昔からギルのことになると冷静さを見失っていかん」


「そっ、そんなことはっ!」


 心を見透かされたような気がしてラヴィアンはジュナから目を逸らして前を向く。


 この勝負ギルが勝つ。

 そう信じる気持ちは変わらない。

 ただ、妙な胸騒ぎがするのも事実であった。


 ラヴィアンはつなぎ服の腰からぶら下げた薬瓶に目を落とす。



(やらせはしない。ギルにはこんなところで負けてもらっては困るのです)


 ここにも特別な感情で戦いを見守る少女がいる。




 >>次回は「魔法陣」と言うお話です!

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