第31話 殺戮メイド
D組の教室内。
見た目の頃は7~8歳の童女
「おい、おチビちゃん。どうしたよ? 今まで教室内では一言も口を利いたこともねーくせに、何いきなりキレてんだ?」
虎型の大柄な獣人が膝を折り両手を当てて、翠を覗き見る。
はち切れんばかりに隆起した筋肉に覆われて、背中には大剣を背負う。
獰猛な虎がそのまま人化したような、クラスのボス格の風格が漂う存在感。
「あなたがた、先ほどからギルさまの
しかし、翠は揺らがない。
己の意志を貫き、小さな身体に宿る想いを隠すことはしなかった。
「おい、聞いたかオメーら? 俺ら『万死に値する』んだってよ。そこまで言われちゃ、さすがにこっちもこのまま見過ごすって訳にゃいかねーよなぁ?」
「あぁ、まったく酷い言われようだね。大体、J組のギルガメスってヤツが呪われまくってるロクデナシってのは事実なんだろ?」
「そりゃこんなに噂になってんだ。間違いねぇだろ。つーか、マジで気持ちわりぃよな。なんでそんなヤツがこのレイアガーデンに入学してきてんだよ。とっととクビにするか、誰かにデュエルでボロ負けして、そのままおっ死んでくれればいいのによ」
「ちげぇねぇ」
「あはは、言うねー」
「でも、わかるー」
D組に生まれた悪意が増幅していく。
翠は拳をぐっと握りしめたまま、
「なぁ、これ見てみろよ。そのチビのカバンの中から、おもしれーモンが出てきたぞ」
別のD組生徒がその手に高らかと掲げていたのは、翠とギルが一緒に写っている一枚の写真だった。
「勝手に見ないで! それに触れないでくださいませ!」
「はぁ、テメーはバカか? 写真なんて見るためのモンだろうがよ」
掲げた写真にD組の生徒が次々に群がっていく。
翠はその人の輪の中に飛び込んでいくが、屈強な生徒たちに弾き返されて成す術もない。
「ひょっとして、チビと一緒に写っているコイツがギルガメス?」
「うわー、コイツが呪われし者かぁ」
「よく見ればそういう
「あー。てか、こんなモン持ってたら俺らも呪われちまうんじゃね?」
「マジか!? んじゃとっとと破り捨てちまえよ」
「おやめくださいーーーッ!!!」
だが、連鎖する悪意の前に翠の叫びは無意味に散る。
生徒の一人によって、ビリビリに引き裂かれた写真は
「だははははは! お前って、ほんと悪いヤツぅ!」
「かわいそー。チビちゃん、泣いちゃうじゃん」
「しゃーねぇよ。呪われし者の仲間なんだし」
「じゃあ、俺らって正しいことをしたんじゃね?」
「そりゃそうだ。俺らは正義の味方だぜえ」
ケタケタと醜い笑い声が教室内に響き渡る。
D組の生徒たちは数名を除き、ギャラリーも含めて大多数が弱者をいたぶることに快感を覚えているようであった。
「――これは無理ですね。どうやらわたくしは
揶揄、冷やかし、おちょくり、挑発、そして
負の感情に支配される空間の中で、か細い翠の声は虚しくかき消されていた。
ちょうどこの頃、ギルとジュナが教室の外から中の様子を窺っていた。
二人は翠の怒りに気づくが静観の構えを見せている。
翠の赤い目にさらに濃い色が落ちる。
写真を破り捨て、したり顔で嗤っているD組生徒に狙いを付けると、細い腕をグンと伸ばした。
「ごヴぇっ」
長く伸びた翠の手が生徒の喉笛を鷲掴む。
そのまま軽々と宙に持ち上げると、苦しげに顔を歪めて足をバタつかせている生徒をしばらく見上げていた。
そして、突然キッと鋭く睨みつけると、後頭部から窓ガラスに勢いよく叩きつける。
【バリィィィン】と破砕音が耳をつき、生徒はそのまま4階から地面に叩きつけられていた。
「なっ……!? 何しやがる、このクソチビ野郎があああ!」
虎獣人は背中の大剣を抜くと、上段から力の限り、翠の脳天目がけて振り下ろした。
【ガイィィン】
「そ、そんな……嘘だろ……」
確かに直撃したはずだった。
しかし、翠には傷一つついていない。
虎獣人は翠の怪しく光る赤い瞳の前に戦慄を覚え、その場に膝から崩れ落ちた。
「ぐへぇっ」
「――許しませぬよ」
戦意喪失如きで勝手に戦線離脱は許されない。
翠は、2m、200kgはあろうかと言う虎獣人の喉を片手で掴むと、またしても軽々と持ち上げた。
「ば、化け物だぁああああああ!」
「ひぃぃぃっ! 逃げろおおお!」
そこから悪意が消え、次に生まれたのは混沌。
だが、翠は生徒たちの逃走を許さない。
メイド服の隙間、小さな身体から次々と生える腕。
その数はやがて八本となり、伸縮自在に伸びる手が逃げ惑う生徒たちの首を掴んでいく。
ある者は黒板に。
またある者は床に、天井に、机に。
教室内の壁と言う壁に後頭部を叩きつけられ、一撃で白目を剥き、口から血や泡を吹いて失神していく生徒たち。
悪意を放っていた生徒たちを掃討すると、最後に虎獣人がその手の中に残った。
「もし、ギルさまが何ですって?」
「ぐがが……く、くるし……」
ミシミシと喉骨が軋む音。
喉笛を潰さんとばかりに、その小さな手に力が込められる。
虎獣人は太い腕で何とか翠の手を剥がそうともがくが、あまりの力の差の前に指一本ですら剥がすことができずにいる。
「ねぇもし、何を言っているか、さっぱりわかりませぬ。ハッキリと言っていただかないと死んでいただきますよ」
「た、たす……ゆるし……くだ……」
虎獣人は目から滂沱の涙を流し、口の端からは泡が滴り落ちていた。
下半身からは尿が漏れ、その巨躯はガタガタと痙攣を起こしている。
「はい、ストーップ」
ギルだった。
翠の手首をそっと掴むと、静かにそのまま床へと降ろす。
虎獣人は翠の手から離されると、力なく崩れ落ちるように倒れ、口の端から泡を吹いて気絶していた。
「ぎ、ギルさま。いらしていたのですか?」
背中から生えていた八本の手を引っ込めて、翠は急にしおらしい童女に戻る。
「おヌシがキレるちょっと前からじゃな」
続けて手に何かをヒラヒラさせて、ジュナが声を掛ける。
「ジュナまで? これはとんだお見苦しいところを……」
言いながら翠は両手で赤くなった顔を覆った。
ギルは翠の頭をポンと手で撫でると、膝を折って翠と目線を同じ高さにする。
「お前なら、手加減できるんじゃないかと思ったけど、今回はちーっとだけ暴走しちゃってたな。一体何があった?」
「え? そ、それは……」
目の前にギルの顔があるからなのか。
それとも、怒った理由を口にするのが気恥ずかしかったからだろうか。
翠はギルから視線を外すと、両手の指をつつき合わせながら言葉を探していた。
「理由はこれじゃろ?」
ジュナが手に持っていた写真を翠に渡す。
「あ、これは! どうして……?」
「〈
翠は写真を手にすると、自然と目に涙が溢れていた。
「ありがとうジュナ。わたくしの……大切な宝物がこの手の中に戻ってきてくれました」
翠は涙も拭わずに、そっと胸に写真を抱いた。
破壊尽くされ、生徒のうめき声が教室内の空気を揺らす中。
翠、ジュナ、そしてギルの三人の周りだけは、和やかな雰囲気に包まれていた。
>>次回は「一人歩き」と言うお話です!
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【異世界デスアカデミー】の豆情報コーナー(,,>᎑<,,)ヨンデクレテアリガトネ
翠との出会いエピソードはこちらからの6話にまとめられているエピソードに詳しく載っているみたい(^^ゞ
https://kakuyomu.jp/works/16817139558143902273/episodes/16817330650924311284
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★作者(月本)の心の叫び
翠さん、終わってみれば圧倒的でしたね(;・∀・)
彼女は一体何者なのか?
⇒ご存じの方はお口チャックですぞー(>人<;)
今後どこかでまた詳しい話が出てくるはずなのです(^^ゞ
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