第30話 広がる喧噪

 入学式から2週間が過ぎた週明けの〈月の日〉。


 その日は何事もなく過ぎていった。

 昼までは。


 ギルとクロベエ、ブルート、そしてすっかり仲間入りした感のあるロビンも一緒に、いつものように教室のベランダで昼食を取り、教室の中へと戻っていった時。


 明らかな違和感が4人を襲う。

 J組の生徒たちの視線が一斉にギルに向けられていたのだ。



「おぅ、テメーら。何見てやがる?」


 気の短いブルートがその巨体を揺らし、近くにいた生徒ににじり寄ると、その胸ぐらをグイとつかむ。


 しかし、その生徒は全くと言っていいほど怯まない。


「触んじゃねぇよ。〈呪われし者〉の手下が!」と語気を強め、ブルートの手を強く払った。



「あ? 呪われし者だと? おい、一体オメーは何を言って――」


「そいつだよ。ギルガメス・オルティア。お前、数々の呪いをかけられているらしいな。お前に近づくと呪いが伝染うつるって、すっかり噂になってるぜ」


 生徒はギルを軽んじた表情を浮かべながら、自身が発した小馬鹿にした物言いを楽しんでいるようだった。



「てンめぇ! ザケたこと言ってンじゃねーぞ! 大体呪いなんて伝染うつる訳がねーだろが!」


「俺が知るかよ。そういう噂が広まってんだから、文句があんなら噂を流した張本人に言え」


「はっ、クソが!」


 これじゃ話にならないとばかりに、ブルートは振り向き、ギルの様子を窺う。


 すると、そこには気にする素振りも見せずに、ロッカーのカバンに弁当箱を仕舞っているギルの姿があった。



「おいおい、オメーが言われてんだぞ。もっとキレるなり、問い詰めるなり、何かあんだろが」


「え? いや別に怒るようなことか、それ?」


「怒るようなことだっつーの! 根拠のないデマを流されてんだぞ。あー、オリャ完全にトサカに来たぜ。デマ流したヤツを見つけ出して、シメてやらねぇと気が済まねぇ」


 すっかり頭に血が上った様子のブルートは、一人で教室を飛び出して行ってしまう。



「やれやれ、あの男の暑苦しさはどうにもならぬな」


 ロビンが肩を竦めて嘆息を漏らす。



「まぁそう言ってやるな。俺なんかのために腹を立ててくれるなんて、アイツもいいとこあんじゃねぇかよ。ただ……」


「ただ、何だ?」


「別に呪いのことは隠すつもりはねぇし、知られても構わないんだけどさ。そもそも、ブルートが言ってたように、呪いなんて伝染うつる訳ねーじゃん?」


「それはそうだ。そんなこと、この歳になればみな普通にわかっていることだろう」


「だろ? でも、わざわざそんなくだらねぇことを言いふらすってことは、どう考えても俺を陥れようって悪意が込められてる訳じゃんか」


「ふむ、確かにうぬと勝負がしたいだけならば、バロバスのように決闘デュエルを申し込んでくればいいだけの話だしな」


「そうなんだよ。だから、そんな回りくどいことをする理由がイマイチわかんねーつーか」


 J組の生徒たちがひそひそとギルの話題を口にする中、当の本人であるギルは腕組みをし黙考する。



「これは今までとはだいぶやり方が違うよね。なんか別の狙いもあったりするのかも」


 教室内の喧騒が収まらない中、ギルの肩の上で一緒になって考えていたクロベエが二人の前にふわりと浮いて、高い声で意見を口にした。



「なんだ、別の狙いって?」


「それはボクにもわからないよ。生徒の数だけ考えもあるだろうしね。でも、ボクらに不利益を与えようとしているなら、当然早い段階で芽は摘んでおくべきだ」


「まぁ、そりゃ俺も同感だわな」


 ギルはクロベエとの意見交換を終えると、ロビンに声を掛ける。



「とりあえずブルートのことも気になるし、俺たちゃ様子見に行くぜ。お前はどうするよ?」


「当然、我も行くぞ。何と言っても、揉め事に巻き込まれたくて、うぬに付きまとっている訳だしな」


「……お前ってば、ほんと変わってんな」


 そうして、クラス内の生徒たちの視線を無視して、ギルたちが教室から出て行こうとしたその時、突然どこからか野太い叫び声が聞こえてきた。



「お、今のってブルートの声じゃね?」


「またブタさんが何かやらかしたのかな」


「ぐふふ、興が乗るではないか。すぐに向かおうぞ」


 三人は廊下に急いで飛び出すが、ロビンは動きがトロいのでギルとはだいぶタイムラグがあった。


 見ればギルはすでに廊下をA組のある奥の方へとかなり先まで行ってしまっている。


 仕方がないとばかりに、ロビンは使い魔のゾンビスライム〈魔苦蛾腐マクガフ〉を呼び出し、その背に乗ってギルの後を追う。


 張り切ったマクガフはドロヌチャと気味の悪い音を撒き散らし、一気に廊下を突き進んでいく。


 もちろん、普通に気持ちが悪いので生徒たちは逃げ惑い、モーゼの十戒で海が割れるがの如く道が勝手に開けていった。


 しかし、ギルの姿が見つからないまま、D組の前に人だかりができていて、そこで強制停止を余儀なくされる。


 ロビンとマクガフは顔を見合わせると同時に頷き、人壁の間をすり抜けて、何とか人だかりを越えて先頭へと躍り出る。


 そこには、ギルとブルートの姿があった。

 が、彼らはこれまでに見たこともない真剣な表情で一点を見つめている。


 ブルートはすでにD組の生徒とひと悶着起こした後なのか、興奮気味に肩で息をしている。


 ロビンがギルの視線を追った先には、机が端に寄せられて広々としたスペースができたD組の教室内で、獣人や拳闘士、バウンサーなど、腕に覚えがありそうな十数名の生徒たちに囲まれる、メイド姿の童女の姿があった。



「おい、ギルよ。これは一体どういうことだ?」


「……あぁ、喧嘩が始まるみてぇだな。デュエルじゃなくて」


「なんと! しかし、こんな一方的な喧嘩があるか。我はこんなイジメのような真似は好かんぞ。あの幼女を助けなければ」


 勢いのままにD組に突入しようとするロビン。

 しかし、ギルは後ろからフードをがっつり掴んで侵入を阻止する。



「ぐぇっ! な、何をするのだ! うぬはアレを黙って見ていろと言うのか。見損なったぞ」


「バーカ、んな訳あるか。止めないんじゃなくて、俺らが入っても邪魔になるだけだから、ここで見てんだよ」


「??」


 意味の分からないロビンは呆然とギルの顔を見上げるだけだった。

 そんな状況の中、一人のギャラリーがオーラを撒き散らしながらギルたちの元へやってきた。


 オレンジがかった金髪に真っ赤な水着と鮮やかな青のショートパンツで、そのいで立ちから学年一目立つ生徒と言っても過言ではない、狐の獣人ジュナである。



「やぁやぁ、ギル。何やら騒ぎになっとるようじゃな」


「おぅ。俺もびっくりしたわ」


「……ほぅ。すいのヤツ、珍しく怒っておるようじゃ」


「……あぁ、何があったかは知らんけど、巻き添えを喰らうのもゴメンだからな」


「じゃな」


 彼らの視線の先。

 紺地に白エプロン、頭には細かい装飾が入ったホワイトブリムというメイド服を着用した童女は、普段の大人しく可憐な雰囲気からは想像もできないほど、怒りに身体を震わせていた。


 その姿を見たジュナは口元に笑みを浮かべつつも、その瞳は真剣に童女の姿を捉えている。



「まぁヤツなら大丈夫だとは思うのじゃが、何かあったらアチシらも飛び込むぞい」


「わーってるって」


 騒ぎがあったかと駆けつけてみれば突然の不穏な状況。

 学年上位の実力を持つロビンをしても、この先の展開は全く見えないのであった。



「なぁ、ギルよ」


「ん?」


「一体何者なのだ、あの幼女は?」


「……あぁ。あの子は世界でたった一人の俺のファンだな」


「うぬの……ファン?」


「おぅ。まぁ色々あったんだよ――昔にな」


 不敵に笑うギル。

 張り詰めた緊張感の中、D組内のバトルが幕を開けようとしていた。




>>次回は「殺戮メイド」と言うお話です!

――――――――――――

【異世界デスアカデミー】の豆情報コーナー(,,>᎑<,,)ヨンデクレテアリガトネ


一応補足だよ。


この世界にも曜日があって、それぞれ……


月の日 火の日 水の日 闇の日 雷の日 土の日 聖の日


の7日間を一週間と呼んでるよ。

現代の木曜日が闇の日、金曜日が雷の日、日曜日が聖の日ってなっているくらいで、あとはそこまで変わらないね。


ちなみに見た通り、五属性+暗黒(闇)・聖の七属性が元になっているみたい。


――――――――――――

★作者(月本)の心の叫び


何やら不穏な展開になってきました(;・∀・)

次の話もタイトルからして物騒な予感しかしない……

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