第29話 情報収集

 ルナ王国の東、大海に面する〈貿易都市アルヴェスタ〉。

 その中でも海沿いに広がる坂の多い街〈オーラミラ〉がギルの生まれ故郷であった。


 ギルは白銀の吹雪と深紅の稲妻が飛び交う異常気象が起こった翌朝に孤児院の前に捨てられていた。


 それから6歳までをこの地で過ごしていたのだった。



 週末のこの日。

 リューヤの臣従しんじゅうであるB組のスケイプとモエは、朝早くから二人でこの地を訪れていた。


 拠点としたのは海岸線が見渡せる丘の上。

 芝生にシートを広げて、スケイプはせっせと情報収集のための準備を進めていた。



「どうなん? ギルガメスってヤツの情報集まってんの?」


「ここに来るまでに私が召喚できるだけの光の精霊ウィル・オー・ウィスプを展開しておきましたからね。そう焦らずともじきに集まってきますよ」


「やだぁ、早く終わらせてこの辺の賞金首でも探しに行こうよぉ。せっかくの休日にのパシリなんてバリサゲなんだけど」


 賞金稼ぎバウンティハンターのモエは街に着くなり不平を漏らしていた。


 今回の情報集めにはある程度の時間がかかることを悟ると、黒地にピンクのラインストーンが散りばめられたトートバッグから資料を取り出して、近隣の賞金首の情報に目を通し始める。



「動きがあったら教えて~」


「わかりました」


 スケイプは持参したモニターに分割して映し出される情報に細かく目を通しては、メモを取っていく。


 そのまま昼が過ぎ、さらに何事もなく時間が経過して陽も傾き始めた頃。

 丘の芝生ですっかり昼寝を堪能しているモエを横目に、スケイプがメモ帳をパタッと閉じた。



「モエ、起きてください。有力な情報元が見つかりましたよ」


「ふぇ……ほんとぉ?」


「はい。ここからそう遠くはありません。ほら、すぐに準備して」


 二人が向かったのは街はずれの万屋よろずや

 日用品から食料、菓子、酒まで、何でも取り扱っている店の前には10人ほどの若者男女がたむろしていた。


 地べたに直接座って、大声ではしゃぎながら店で買った麺類や氷菓子、酒などを飲み散らかしており、通りすがりの大人たちはその周りを大きく避けて目を合わせようとはしない。


 しかし、スケイプとモエは彼らが情報元であることを確認すると、何の躊躇もなくその中で中心となって騒いでいる少年の元へ近づいていき声を掛けた。



「あの、お楽しみのところすみません。ちょっといいですか?」


「んあ、誰だオマエ?」


「あぁ、これは突然失礼しました。私はレイアガーデンに籍を置くスケイプと申す者です。いえね、さっきあなたたちから『ギルガメス』って言葉が聞こえてきたものですから、ちょっとお話を聞かせていただけないかと思いまして」


「ギルだと? ……へっ、そうかい。テメーもあのクソ野郎にムカついて情報を嗅ぎ回ってるクチってとこかぁ?」


「まぁ、大筋はそんなところです」


「そっかぁ。確かにオリャー、あのクソ野郎とはガキん頃からの付き合いだからよ。テメーらが欲しがるような情報はたらふく持ってんぜ。


 ……だけど、いきなりやってきて、まさかタダで情報を教えてもらえるなんて都合のいい話が通るなんて思ってはねーよなぁ? 将来有望なレイアガーデンのガリ勉生徒さんよ」


 集団のリーダー格の少年はそう言って立ち上がると、メガネにそばかす顔でシャツを第一ボタンまできちっと閉めた、いかにも真面目ないで立ちのスケイプを、ポケットに手を突っ込んだまま見下ろして睨みを利かせる。



「マーガスぅ。あたし、夜はお高いお肉が食べたいなー」

「俺はちっとばかり遊ぶ金がもらえりゃいいぜぇ」


 周りの連中も突然沸いてきた金づるに好奇の色を隠せない。

 期待を一身に受けた少年マーガスは俄然やる気を出していた。


 喜色に塗れた表情でスケイプの胸ぐらをつかむと、グイと引き寄せてその顔を近づける。



「てなワケだからよ。とりあえず、まず出すもん出せや。俺らが大人しくしているうちに言うこと聞いておいた方が痛い目見なくて済むし、情報だって――」


 マーガスがしたり顔で謎のアドバイスを吐き散らかしていたその最中。

 それまで静観していたモエが、マーガス以外の少年少女の顔面を短剣ダガーで次々と切り裂いた。


 瞬時にして少年少女の絶叫が辺りにこだまし、恐怖の色が落ちる。

 しかし、その様子はスケイプによって張られた結界によって、周囲から気づかれることはない。



「うだうだうっさいなぁ。あーしはとっとと帰りたいんだよねぇ。だから、ゴミが一丁前に強請ゆすりなんてしてねーで、とっとと知ってること吐いちゃってくんねー?」


 モエは指でクルッとダガーを回し、ピタリとマーガスの首に刃をつける。

 


「く、クク……。へぇ、さすがはレイアガーデン。戦い慣れてるヤツがいんじゃねーか。まぁでも、別にヤりたきゃヤりゃあいいぜ。こんなとこまで来て、情報持って帰れなくて困るのはテメーらだろうし」


 言いながら、マーガスの目線は正面に立つモエの後方に向いていた。

 武闘派で知られる仲間数人が、顔面を切りつけられてもなお、反撃の機会を窺っていたのだ。


 彼らの手に持ったナイフが夕闇の中キラリと光る。

 できるだけモエの注意を惹きつけるように、マーガスは煽り続け、そしてその背後からナイフがモエの首を目がけて振り下ろされる――


 その寸前。



「大いなる精霊の力よ、我が呼声に応え、我が願いを叶えん。精霊召喚サモンウィスプ


 精霊術士エレメンタリストスケイプが唱えた召喚呪文によって、マーガスを含む少年少女たち全員が精霊によってその動きを完全に封じ込められた。



「がっ……なんだこりゃ……」


「『大人しくしているうちに言うこと聞いておいた方が痛い目を見なくて済む』ですか? 誰がどの口で言っているのでしょうか。私たちもお前のようなバカに構っている時間はないんでね。とっとと知っていることを吐いてもらえませんか」


「ん、だとぉ――ぐあああああああッ!!」


 まだ抵抗を見せようとするマーガスの胸にモエのダガーの先端がグサりと刺さる。


 モエはそのまま無言でゆっくりとダガーで肉を引き裂いていく。

 マーガスに見せつけるように、とろけるような愉悦の表情を浮かべながら。



「ぎぃひぃぃぃぃぃぃッ!! わかったぁ! 何でも言うからやめてくれえええええ!!」


 二人は血塗れのマーガスたちからギルの過去の情報を一つも漏らさずに搾り取る。


 観念したマーガスは手のひらをすっかり返して、噂程度の話に尾ひれに背びれまでつけて、二人のご機嫌を取るように身振りを交えて懸命にギルの情報を伝えたのであった。


 情報の確度はともかく、そこにはレイアガーデン1学年生徒を混乱に陥れるのに十分な情報が含まれていたのである。


 悪意がまた悪意を呼び、レイアガーデンを伝播しようとしていた。




>>次回は「広がる喧噪」と言うお話です!

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