第95話 【土蜘蛛編 壱】朱蝕の洞窟

 ムサネコの空間転移によって一行は一瞬のうちに目的地へ移動。


【ブンッ】と音が消えたかと思ったら、目の前には見上げるほど高い岩壁と見事な弧を描いた半円に掘られた巨大な洞穴が視界に飛び込んでくる。



「ここが朱蝕しゅしょくの洞窟……思ったよりずっと大きいね」



 視線を外さずにギルが言った。確かにギルが今まで訪れてきたどの洞窟よりもそれは大きなものだった。

 

「ひょっとしてビビってんのか?」


 ムサネコの意地悪な問いかけにもギルは動じない。



「全然怖くない……ってことはないけど、ラヴィアンを助けるためにもここは避けては通れないからね。とにかく行ってみよう」


 先陣を切ってギルが歩き出す。後に続く、ムサネコ、ラヴィアン、じろきち。

 洞窟の入口に立つとその大きさはより際立ったものに感じられた。その半径は10m近くあるように思われる。


 

「やはりきな臭い場所じゃな。それにこれだけ洞窟の穴が大きいと言うことは、中にいるあやかしと言うのもかなりの大きさかもしれん。皆の者、用心するのじゃ」



 じろきちの言葉に一行はさらに気を引き締める。

 ギルを先頭に洞窟の中を進み始める。すぐに辺りの光量が少なくなったのを見ると、じろきちが陰陽術で周囲に複数の火の玉を作り出した。


 さらにそのまま奥へと進んでいく。すると、折れ曲がった洞窟内の道の突き当りの岩壁が真っ黒であることにラヴィアンが気づいた。



「皆さん止まって! あの辺りだけ様子がおかしいのです」


 ラヴィアンが指さした方向に皆の視線が集中する。すると、黒く見えた壁は一面を蜘蛛がびっしりと埋め尽くしていたことがわかる。



「びぃゃぁああああ!」


 突然ムサネコが野太い声で悲鳴を上げた。


 

「ど、どうしたの、ムサネコさん?」


「俺は……俺は虫だけはどうしてもダメなんだよ……。気持ちが悪くて……こう全身の毛が逆立って……変な汗が出てきちまう……」



 確かにムサネコの身体中の毛は逆立っている。第三の眼サードアイも開いて、三つの目をパチクリとさせていた。と言うか、そんな簡単にその第三の眼は使っていいものなのだろうか。


 それに、蜘蛛は虫じゃなくて節足動物門鋏角亜門クモガタ綱クモ目だから昆虫の定義から外れている動物に分類されるんだけど。ギルがそんなことを思っていると。



「呑気に話している場合ではない。来るぞ!」


 じろきちが言葉を強く吐くと同時に正面から蜘蛛の大群が一行に襲い掛かってきた。地面からはもちろん、穴の側壁、天井、正面のどこを見ても蜘蛛しかいない。



「ぎぃやぁあぁああああ!」


 ムサネコは悲鳴を上げながらギルの背後に隠れた。このネコ、今回は何の役にも立たなそうである。



「くっそ、大量の蜘蛛なんてどうやって相手にしたらいいんだよ。あ! そうか、範囲魔法。呪いのアビリティのせいで命中率は低いけど、これだけどこを見ても蜘蛛だらけならどこかには当たる!」


 ギルは無詠唱で火魔法を発動。



「ファイアッ!」


 声と共に炎が壁一面の蜘蛛に直撃する。焦げた匂いが鼻を突き、煙が引いて行った先に見えたものは……



「ぇえ? どうして……」


 そこには先ほどまで見えていた小さな蜘蛛の姿はなく、洞窟内の半径の半分ほどはあろうかと言う、巨大な蜘蛛が一匹だけ立ちふさがっている。



「う~ん……」


 その姿を見てムサネコは気絶してしまった。まさかムサネコにこんなに致命的な弱点があったとは。ギルは倒れたムサネコを担ぐとジャンプ一足で洞窟の端へ行き、壁にもたれかけさせた。



「ギルよ、そのネコはここでは全く使い物にならん! アチシらだけで何とかするのじゃ」


「あぁ、わかってる! バルトサールッ!」


 ギルは右手で首飾りに触れて、魔人の右腕デモンズライトを発動する。壁を走り、蜘蛛へと飛びかかった。ギルの身体よりも大きな頭。その中で妖しく光る真っ赤な目を狙い、右手を振り下ろす。



「おうらぁああっ!」


 直撃かと思われた刹那、蜘蛛は一瞬でギルの前から姿を消す。


 

「え?」


「ギル! 上です!」


 ラヴィアンの声。ギルが上を見上げると、蜘蛛が口から吐き出した糸が眼前に迫っていた。


 

「うわぁあぁああっ!」


 横っ飛びで寸前でかわす。糸が直撃した地面はじゅぅと音を漏らし煙を上げて溶けていた。



「ならばこれでどうじゃ!」

「援護します!」


 じろきちは陰陽術で氷の刃を宙に生成すると巨大な蜘蛛に向かって鋭く飛ばす。ラヴィアンは鍛冶屋で受け取った弓矢に風魔法を付与して3本を連続で放った。あれだけ巨大な蜘蛛だ。逃げ場はない。


 しかし、それはあくまでも常識の中だけでの想像に過ぎなかった。巨大な蜘蛛はその場を動くこともせず、全ての攻撃が直撃するものの、その固い皮膚の前に傷一つ与えることができなかったのだ。



「なんじゃと……何者じゃコイツは……」


「じろきちさん、この国の蜘蛛ってみんなこんな化け物みたいな強さなのですか?」


 近くにいたラヴィアンがじろきちに尋ねる。呆然とするじろきちだったが、思い出したかのようにハッと息を呑んだ。



「そんな訳は……! まさか貴様……つ、土蜘蛛か!?」


 じろきちの横に足音を立てず、息をひそめてギルがやってきた。額にかいた汗も拭わずに小声でじろきちに声を掛ける。



「じろきち、何なの今言ってた土蜘蛛って?」


「最悪じゃ……アチシらはここでお終いかもしれぬ……。目の前にいるのはおそらく土蜘蛛。単純な強さだけなら酒呑童子とも互角を張れると言われている、三大妖怪に匹敵する化け物じゃ」


「ウソだろ……どうしてそんな化け物が朱の玉鋼の守護なんて……」


「わからぬ……とにかくこの場は引くぞ! 戻って作戦の練り直しじゃ!」



 話を理解していたのか、土蜘蛛はそれを許さない。空気を切り裂かんばかりの速さでギルの眼前に鋭く尖った爪を振り下ろす。


 万事休す。酒呑童子の時と同様に実力差があり過ぎたのだ。



 真っ黒な爪がギルの顔面を貫くかに思えたその時。土蜘蛛の攻撃はピタリと止まったのだった。

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