第96話 【土蜘蛛編 弐】美丈夫
吸い込まれそうなほど黒光りした爪が目の前にある。
あまりにも黒々しく鋭利な凶器を前にしてギルは文字通り固まっていた。汗が滲む首元では郡司から受け取った勾玉と深紅の首飾りが強い光を放っている。
「何をしておる! 今のうちに距離を取れ! すぐに退散するのじゃ!」
じろきちが精一杯の声を張り上げる。しかし、ギルとその前で見下ろすように
「様子がおかしいのです! ギルを早く助けないと!」
ラヴィアンがじろきちに向かって大声を出すが、じろきちはギルと土蜘蛛から視線を動かせずにいた。
「いや、待つのじゃお嬢。土蜘蛛を見てみろ」
そう言ってじろきちが前足で指した方向をラヴィアンは視線で追った。そこにはキラキラとした白銀の糸に包まれながら、みるみる小さくなっていく土蜘蛛の姿があった。
「な、何ですか……あれは?」
「わからぬよ。土蜘蛛は普段は一族で行動をしていると言われていて、住み家も転々と変えるらしく目撃情報も極端に少ない。アチシも実在しているかさえ、さっきのさっきまで半信半疑でおったくらいじゃ」
白銀の糸が宙に溶けていき、再び姿を現した土蜘蛛は黒地に白の
毛先が内側にゆるく巻かれた光沢のある黒髪のショートボブは前髪を眉の上で水平に切り揃えられていた。目だけはさっきの土蜘蛛の時と同じく
その少女がギルを見つめてぼーっとしている。その姿を見てじろきちが思わず声をあげる。
「これはなんと!
「私たちにはいつものギルにしか見えませんが、周りからはそんなに美男子に見えているんですね。何だか不思議なのです」
じろきちとラヴィアンは奇妙な緊張を感じながらギルたちを見つめていた。
「ねぇもし……あの、あなた様のお名前はなんと申される?」
土蜘蛛の少女が口を開いた。控え目で憂いのある耳心地の良い声。ギルはその言葉で我に返ったかのようにぴくりと動くと、しばらく間を置いて答えた。
「え? 俺のことだよね? ……ギルだけど」
ギルが名前を口にすると、少女は感激の面持ちで頬を赤らめ手で覆う。
「ギル様……。うぅ……こんなに好ましい殿方に会ったのは生まれて初めてにござりまする。その綺麗な銀色の髪。わたくしと同じ、いや、もう少し光が強く赤い、それでいて優し気な
少女は頬を手で押さえながら顔を左右にぶんぶんと振っている。その様子は興奮を抑えきれずにいるように見える。
「……おいギルよ。そこの蜘蛛女、本気でおヌシに惚れてしまったみたいじゃぞ。全く持って渡辺綱とは重ね重ね恐ろしい美貌の持ち主じゃな」
どうしていいかわからない様子のギルが、じろきちの言葉に反応した。
「なんか騙しているみたいで気が引けるんだけど……」
ギルにはこれだけ真っ直ぐな思いを告げられた記憶はほとんど無かったが、唯一自分を好きだと言ってくれたミーナの顔を自然と思い浮かべていた。
「……もし、あなた様がここにいらした理由って?」
土蜘蛛の少女が潤んだ瞳でギルに尋ねた。
「あぁ、俺はこの朱蝕の洞窟にあるという〈朱の玉鋼〉って鉱物を手に入れたくて……。ねぇキミ、どこにあるか知っていたら教えて欲しいんだけ――」
「はい、ございまする。今取って来ますゆえ、少々お待ちくださいまし」
そう言うと、少女はたったと小走りで洞窟の突き当りを右に折れ、さらに奥へと行った。その姿が見えなくなったことを確認するとじろきちが言う。
「ギルよ、逃げるなら今じゃ」
「え、どうしてさ? せっかく持ってきてくれるって言うのに」
「そうかもしれぬが、もしも罠だったらどうする? 命あっての
「大丈夫だよ。近くで彼女を見ていればわかる。あの子はもう俺たちに危害は加えない」
「――ったくおヌシは、どうなっても知らぬぞ」
二人が言葉を交わしている間に土蜘蛛少女が朱の玉鋼を持って戻ってきた。直径30~40cmはあろうかという大きな塊。その重さも相当なものだと思われるが、少女は軽々と扱っている。
「ギル様。こちらがご所望の物にてございます。奥に行けばまだありますが」
「わぁ、これくらいあれば十分だと思うよ。どうもありがとう」
ギルは少女から朱の玉鋼を受け取った。それは想像以上に重く、一瞬肩が持って行かれるかと思ったほど。顔を引きつらせながらゆっくりと地面に置いたのだった。
「いえ、ギル様に喜んでいただけるのであればそれがわたくしの喜びでございますゆえ」
少女は色白で柔らかそうな肌を火照らせている。
「ねぇ、そう言えばキミの名前を聞いていなかったよね? もしよかったら教えてくれないかな」
「名でございますか? ……その、わたくしは名を持っておらぬのです。人はわたくしを〈土蜘蛛〉と呼んでおるようですが」
「なら土蜘蛛さん。突然やってきた俺たちにこんなに親切にしてくれたお礼がしたいんだけど、何か俺たちにできることは無いかな?」
「そんなそんな、滅相もございません! わたくしはあなた様方を追い返そうと威嚇、危害まで加えてしまった身。とてもお礼など受け取る訳には……」
慌てた様子で目を閉じ、両手を前に出してふるふると振っている。ギルは困惑の表情を浮かべてじろきちを見た。じろきちは一つため息をつくと、少女に声を掛ける。
「のぅ土蜘蛛よ。ギルが申しているのはアチシらの世界ではごく当たり前の慣習じゃ。恩を受けたら何かを返したい。じゃからそなたも遠慮などせんでよいのだぞ」
じろきちの言葉をその目をしっかりと見つめて聞いていた少女。思い悩む表情で、何かを言いかけては止め、また何かを言いかける。
「ねぇもし……」
少女は意を決した様子でようやく声に出すのだった。
――――
★作者のひとり言
いつもお読みいただきありがとうございますッ!
作者の月本です。
今日からカクヨムコン8ブートキャンプが始まると言うことで、本作も今日から10日間連続投稿をさせてもらいます。
この期間の密かな野望:★とフォロワーさんを結構増やしたい
そ、それくらいの夢を見たっていいじゃん( ;∀;)モチベーションアップ
と言うことで、ぜひ皆さま年末年始も
「ボクたちの転生狂想曲~呪われた少年と不思議なネコ~」
をよろしくお願いします!
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