第97話 【土蜘蛛編 参】狐と蜘蛛

「ねぇもし……そこの狐様。ひょっとしてなのでは?」



 土蜘蛛少女はじろきちに向かって正対して尋ねた。暗い洞窟の中では、じろきちが放った複数の火の玉がぼぅと炎を揺らしながら一行の周りをゆっくりゆらゆらと回っている。


 少女の言葉の意味を悟ったじろきちは、驚きを交えた様子で問い返す。



「ぬ? おヌシ……ひょっとして?」


「はい、ただ、わたくしはもう二百年以上もこの姿のまま。もうこの恐ろしい姿のまま、名前もないまま永遠に死ぬこともできずにひっそりと暮らしていくほかないのです。わたくしは臆病で、襲い掛かってきた人々に対して威嚇をして追い返すことしかできない見掛け倒しなのでございます」


 その告白に元々静かだった洞窟が一瞬音の無い世界が訪れたかのような完璧な静寂に包まれた。



「そうか……アチシとおヌシはおそらくは同じような転生ルート道のりをこれまで歩んできたのかもしれぬな。一足先にアチシがに来れただけの話」


「……はい」


「……おヌシ、色々とすまなかったの」


「?? どうしてです? わたくしは何も……」


「いや、こっちのことじゃ。アチシはおヌシを疑った。アチシもまだまだ人を見る目が足りぬの」


「??」


 少女はずっと首をかしげたまま不思議そうにじろきちを見つめていた。じろきちからはさっきまでの警戒心はすっかり無くなっていた。


 むしろ、少女の言葉、佇まい、そしてその置かれた境遇も含めて、会話をしている中でまるで吸い込まれるように少女に魅了されていく自分を認めた。


 少女の告白に感化されたのか、じろきちは自らを語り出した。



「――実はの、アチシも一つ前の身体はおヌシのようなあやかしだったのじゃよ。それもかなり凶悪な器じゃった。尾が九つもある化け物。人はアチシを〈白面金毛はくめんきんもう九尾の狐〉とか〈玉藻前たまもまえ〉と呼んでおった」


「九尾の狐? あの三大妖怪の1つに数えられる大妖怪でございますか」


「――そう呼ぶ者もおったな。あの頃のアチシは理想の器を手に入れたと思って浮かれておった。国一番の美貌やら国随一の賢女などとおだてられてな」


 少女は黙ったまま聞いている。ギルもラヴィアンも何も言わずに話の続きを待った。



「それ以上の武器として、アチシは強力な妖力を手にしていた。逆らうものは容赦なく殺し、金品と従順な男どもを周りに積み上げ、世を意のままに操っている気になっていた。あの者と出会う前までは」


「……もしかして、それが晴明?」


 ギルが尋ねると、じろきちは声の方を向き、首を小さく縦に振った。



「そうじゃ。晴明ちゃんとその母、葛の葉くずのはがアチシを退治しにやってきたのじゃ」


「二人の間にそんなことがあったなんて……それでその後はどうなったの?」


「ふむ、生きていれば色々あるものじゃな。晴明ちゃんはアチシを倒すという条件と引き換えに神とある契約を結んでいたようで、死に物狂いで挑んできおった。一人では分が悪いと思ったのか、母である葛の葉にも応援を頼んだようなのじゃが、それが凶と出てしまっての」


「まさか……」


「……葛の葉は命を落としてしまった。無論、やったのはアチシじゃ。しかし、葛の葉の命を賭した一撃でアチシもかなりのダメージを負ってな。そして、晴明ちゃんの陰陽術で殺生石せっしょうせきに封じ込められアチシは負けた。あれは実の親子ならではの見事な連携じゃったな……」


 言ったじろきちの目にはうっすらと光るものが浮かんでいた。その表情は大きな後悔と苦悩を抱えているように見えた。



「アチシは殺生石に封じ込められている間に悪霊と切り離す術を施された。それも晴明ちゃんがやってくれたのじゃ。そうしてアチシは今の意識を取り戻すことができたのじゃが、アチシを倒して晴明ちゃんは己の使命を果たしたと言うのに、なぜさらにお節介を働くのかとその時は思ったのじゃが……」


「……うん」


「おそらくはおヌシじゃな、ギル」


「え?」


「理由は分からぬが、晴明ちゃんはおヌシがこの時代に来るのを待っておったように思う。その際の世話役の式神としてアチシを必要としたのじゃろう。ほれ、例の何ちゃらとか言う占い。あれで何かその予兆でもあったのではないか」


「晴明が? 一体どう言うことなんだろう……」


 ギルは自分の世界に入って考え込む。いつもの癖だ。



「それは分からぬと言ったであろう。だが、それもあってアチシは式神としての役割を与えられ、殺生石から再び出ることができた。でもの、殺生石に封じられていた影響で、妖力は見る影もなく元の1割以下に衰えてしまったし、何よりもこの狐の器よ」


「その狐の器? その姿って……ひょっとして、葛の葉さんってヒューマンではなくて……?」


 ギルは背筋がゾクリとする感覚に襲われた。ふと思い浮かんだ考えだったが、その結末はあまりにも残酷なものだったからだ。



「そう、アチシの今の姿こそが葛の葉じゃ。晴明ちゃんは人と狐の間に生まれた子でな、アチシに罪を償わせるためか、結構なことをしてくれおったわ」


 ――晴明は一体どんな気持ちでじろきちの魂を自らの母親の身体に移したのだろう。そこに隠れるのは果てしない悲しみか、はたまたじろきちに改心して欲しいと願った深い慈悲か――。



「ねぇもし……」



 一部始終を静かに聞いていた土蜘蛛少女がまた小さくつぶやいた。




――――

★作者のひとり言

月本です!

ずっと書きたかった九尾の狐と土蜘蛛の話がやっと公開できて嬉しいなぁ(๑>◡<๑)

お気軽に感想などコメントでいただけたらやる気アップなのです。


カクヨムコン8ブートキャンプの2日目です。

残り8日間でランキングを少しでも上げられるのか。


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