第98話 【土蜘蛛編 肆】朋友
「ねぇ……もし」
土蜘蛛少女はじろきちの告白を受けて思わず声を掛けた。
その言葉に、じろきちが顔を上げる。少女の透き通るような白い肌の中に赤く光る眼を見つめて問い返した。
「なんじゃ?」
「……そんな大切な話をどうして初めて会ったわたくしにも聞かせてくださるのです?」
「うむ……」
じろきちは目を拭い、何度かまばたきをすると照れ隠しをするかのように頭をかいた。少女の方に向き直る。
「……その、あれじゃな。どうにも説明がつかんのじゃが、どうやらアチシはおヌシが大層気に入ってしまったようでな。おヌシのような孤独で心根の優しき妖には会った記憶がない。だからかの、おヌシにも知っておいて欲しかったのじゃよ。アチシの秘密をな」
「わたくしはその……」
少女は言い淀むと、じろきちとギルに交互に視線をやった。じろきちは少女の気持ちを
「そう、いつか……おヌシが今の残酷な境遇を乗り越えることができて、近いうちに元の世界へと戻ってしまうかもしれぬギルのもとへ行きたいと願うのであれば、その時はぜひともアチシも一緒について行きたいものじゃ」
「え? ギル様は別の世界のお人なので?」
「そうじゃ。だからこそ、ギルに再び会おうとするならおヌシの前向きな行動が必要になる。おヌシも神に制約をかけられておるのじゃろう? だが、戦うことや忌み嫌われることから逃げているだけでは制約はいつまでも解除することはできぬ。おヌシの過去に何があったかは分からぬが、悪行のおよそ十倍の善行によって制約は解除されると言うのが通例じゃ。それくらい知っておろう?」
「――はい。ただ、わたくしは苦しいのです。心に呪縛をかけられているようで、人を傷つけたくないのに、人には一方的に気味悪がられる。その度に胸がぎゅっと押しつぶされそうで。こんなに苦しい思いをするくらいなら、いっそ何事もなく凪のような日々を過ごせれば……」
少女は心の内を吐露する。それは何十年、何百年にも渡って心に刻まれ続けた大きな心の傷だった。
「何を申すか! それではいつまでも何も変えることなどできぬぞ! おヌシは優しくそして強い。勇気を出して自らの道を切り拓け! その際はアチシも協力は惜しまぬ。一人ではできなくとも二人ならきっとできる! さっきも言ったが、アチシはおヌシが気に入ったのじゃ」
「はい……ありがとうございます。そんなことを仰っていただいたのは生まれて初めてで、わたくしはどう恩に報いればよいのかがわかりませんが」
「――他には何もいらぬ。おヌシが前を向いてくれればそれでよいのじゃ」
じろきちの顔はすっかり晴れやかなものになっていた。無機質な洞窟内に穏やかな空気が流れているようにも感じられる。
「――わかりました。わたくしはギル様に再びお会いしとうございます。しかしこの姿はかりそめの姿。できればわたくしもギル様と同じヒューマンに生まれ変わりたい――。でも、そんなことが本当にできるのでございましょうか?」
「――できる。おヌシが強く願えばきっとな。それならばアチシも共に生まれ変わろうぞ。ギルのいる世界は何だか退屈しなさそうじゃしの、興味は尽きぬわ」
そう言ってじろきちは晴れ晴れしく笑った。二人の世界に入っていけず、ギルとラヴィアンはずっと置いてけぼり。
その言葉の真意を測りかねた少女は素直な疑問をじろきちに向けた。
「え? と言うことは、もしかしてあなたもギル様を?」
「ふぅむ……それは何ともじゃ。今のアチシはただの式神で狐の妖の身。果たすべき役割も与えられておる。ただ、アチシはギルとはちょっとした縁があるような気がしておる。縁がある者ならば次の輪廻でも再び巡り合うことだってできるはずじゃろ。だからな、おヌシも共にどうじゃ? と思っての。これはアチシの気まぐれなのじゃ」
少女はその言葉に肩の力が抜けたようにふっと表情を緩めた。しかし、またすぐに表情を戻すと自信なさげに口を開く。
「でも、やっぱり……わたくしのような薄気味の悪い土蜘蛛などがギル様のおそばにいてはご迷惑では……」
「これ、自分をそのように言うのはやめるのじゃ。これは
「朋友? わたくしをそう呼んでくださるのですか?」
「当たり前じゃ。何度も言ったじゃろう。アチシはおヌシが大層気に入ってしまったと。だから、おヌシにもそう思ってもらえたら嬉しいのじゃ。そう、朋友と言っているのに名も名乗らず失礼した。今のアチシの名は次郎左衛門常吉。〈じろきち〉と呼ぶがいい」
「じろきち……様?」
「敬称はいらぬ。じろきちでよい」
「……ありがとう、じろきち」
「うむ……礼などいらぬよ……こちらこそ……じゃ」
そう言って、じろきちは少女の近くまで歩み、前足を差し出す。少女は戸惑いの表情を浮かべていたが、少しの間を置きじろきちの意図を理解したようで、その前足を両手で包み込んだ。
その時、ギルにはじろきちがオレンジがかった金色の髪の美しい少女の姿となっているように見えた。以前の九尾の狐の頃の姿なのだろうか。それは二人の少女が手を取り合って喜びの涙を浮かべている光景であった。
顔を横に何度か振り、もう一度見てみるとそこには銀色の綺麗な狐と黒い着物を纏った黒髪の美しい少女の姿。さっきのは何だったのだろうと考えてみるものの、結局ただの
九尾の狐と土蜘蛛。
無事に元の世界へと戻れたのなら、またこの二人にも会えるのだろうか。
ギルはそんな都合の良い未来を想像してみるのだった。
――――
★作者のひとり言
月本です!
今回の話。実はこの先にも大きな影響を与える大事なエピソードだったりします。
これからこの話はもっと面白くなっていくはず!
自分がそう思わないと小説なんて書いてられないよね(;・∀・)イヤホントニ
カクヨムコン8ブートキャンプ3日目。
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