第99話 【土蜘蛛編 伍】優しい人

 土蜘蛛少女とじろきちはこの短い期間に互いを認め、心の距離を縮めていた。二人はきっといいコンビになるだろう。

 

 ただ、土蜘蛛少女は戦闘に心の傷トラウマを抱えていて、じろきちの現状は以前の器としていた九尾の狐の通常時の1割にも満たない戦闘力しかないらしい。


 本来の力を取り戻してくれたなら酒呑童子討伐へ向けた心強い戦力になりそうだが、どちらもすぐにどうにかなりそうな状態ではない。



 でも、そんなことはどうでもいいとギルは思った。

 素晴らしい友情が生まれる瞬間にも立ち会えたし、朱の玉鋼だって手に……。あ、朱の玉鋼と言えば……。



「ねぇ、土蜘蛛さん」


 何かを思いついた様子のギルは少女に声を掛ける。



「え? はい、何でございましょう?」


「その……ごめん、俺たちそろそろ戻らないと……」


「そうでございますね。わたくしも引き留めるつもりはございません。大変お名残り惜しゅうございますが――」


 その憂いに満ちた声は少女の心情を一行パーティに伝えるには十分だった。



「あ、いや、そうなんだけど、その前にさっきもお願いした朱の玉鋼のお礼をさせてもらえないかな?」


「あ、はい。お礼……でございますか?」


「うん、やっぱりこっちが一方的に何かをもらって帰るなんてできないよ。俺たちにできることなんてそんなにないとは思うんだけど、このままじゃどうにも気が済まなくて……」


 ギルの申し出に少女は頬をほんのりと赤らめた。瞳を閉じ、両の手のひらを胸に当ててしばらく考えた後で顔を上げるとゆっくりと口を動かす。



「それでは……一つだけお願いが」


「うん」


「わたくしめを……その……抱いてくださいませ」


「「なにーーーーーッ!?」」


 じろきちとラヴィアンが驚きで声を上げた。二人は急な展開にドキドキしながらギルの次の発言を待つ。土蜘蛛少女は白い肌の頬を真っ赤に染めてギルを落ち着きのない様子で見上げている。



「あ、うん。それくらいならお安い御用だよ」


 そう言うと、ギルは少女に歩み寄り、ぎゅっと抱きしめた。



「バカ者! ギル、その者が言った『抱いて』はおそらくそういう意味じゃ……」


 じろきちの言葉はどうやら空振りだった模様。少女はギルに抱きしめられると、直立不動で少しかかとを浮かせて固まったまま、開いた瞳から涙をポロポロと流していた。



「あぁ……人は……こんなにも温かいのですね……それにとても良い匂いがします。どうして……どうしてわたくしは土蜘蛛になんて生まれてきてしまったのでしょう――」


「え、いいじゃない、土蜘蛛。凄く強かったし、人の姿になればこんなにも綺麗だし」


「え? あなた様は土蜘蛛が気味悪くはないのですか?」


「う~ん、圧倒的な強さは感じたけど、別に気味が悪いとは思わなかったよ。どうして?」


 その言葉を聞くと土蜘蛛少女は「えっえっ」と声を出してさらに涙を流した。



「土蜘蛛さん、どうしたの? 俺、変なこと言っちゃったかな?」


 ギルが尋ねると、少女は何度も深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。



「……これはお恥ずかしいところを。このような感情は初めてのため、わたくしめにも分かりませぬ。胸の奥がじんと暖かく、気づけば涙が止まらないのです」


「そっか。悲しい涙じゃなかったならいいんだ。うん……じゃあ俺たちはもう行かなきゃ」


 ギルは少女から手を離すと、その細い肩に手を置いて距離を空けた。少女の表情は喜びと寂しさが混ざり合っているようだった。


 ギルがムサネコの元へと歩いていき、振り返って手を挙げて挨拶をしようとすると、少女がたったっと走ってきてギルのシャツの袖をつまんで言う。



「ねぇもし、最後に一つお答え願えませぬか」


「うん、何?」


「その朱の玉鋼は何のためにお使いになるのです?」


 用途を尋ねられると、ギルの表情がキッと引き締まった。



「これは……酒呑童子を倒す武器を作るために必要なものなんだ。だから俺たちはどうしても手に入れる必要があった」


「――酒呑童子……あな恐ろしきあやかしでございます」


「そう、だけど俺たちはヤツをどうしても倒さなきゃいけないんだ。だから――」


「わかり申した。その宿願が成就されることをお祈り申します」


 そう言って少女はギルの袖から手を放すと、両手を腿の前で重ねて静かに頭を下げた。



「ありがとう。見ず知らずの俺たちに親切にしてくれて。あと、さっきはごめんね。こんなに優しい人に一方的に襲い掛かっちゃって」


「優しい人……?」



 その言葉が意外だったのか、少女は顔を上げて問い直す。



「うん、じろきちも言ってたじゃない。キミはとっても優しい人だよ。じゃあ、今度こそ俺たち行くね。本当にありがとう! どうかお元気で!」


「――いえ、こちらこそ何とお礼を申し上げればいいのか。皆さまのご武運をお祈りいたします」



 ギルは壁際で気絶したままのムサネコを背中におぶると洞窟の出口に向かって歩き出す。じろきちは少女と抱き合い別れを惜しんだ。ラヴィアンも少女と握手を交わしてお礼を伝えていた。


 ギルたち一行をその姿が見えなくなるまで控え目に手を振り見送る少女。



「ギル様……じろきち、皆さま。どうか……どうかご無事で……。わたくしは――」


 少女は一行の無事を強く願った。そして、自分のふがいなさを強く責めた。想い人のために、朋友のために何もできない自分を……。



 洞窟を出てからしばらくしてもムサネコがまだ目を覚まさないため、空間移動ができない一行はその回復を待ちながら歩みを進めていた。


 少し間を空けて先頭を歩くギルに目をやると、ラヴィアンは隣でふわふわと浮きながら歩調を合わせるじろきちに声を掛けた。



「あの、そう言えば、〈渡辺綱わたなべのつな〉って周りからギルが見えている人物の髪の色は銀色なのですか?」


「はぁ、そんな訳あるか。この国の人々はほとんどが真っ黒で、歳を取ると白髪ってのがお決まりじゃ」


「でも、土蜘蛛さんはギルを見て『銀色の髪が』……って言ってましたよね? もしかして、彼女には私たちの本当の姿が見えていたのでは?」


「ぬ? と言うことはあやつ、ありのままの姿のギルのことを……?」


 じろきちが驚いて大きめの声で言うと、ムサネコをおぶりながら前を歩いていたギルが立ち止まり振り返った。



「ん? 俺がどうかした?」


 振り返ったその顔を夕焼けが横から差す。ニコッと笑ったその表情にラヴィアンは一瞬胸の高鳴りを覚えた。



「い、いえ、何でもないのです」


「?? そう、ならいいけど」


 そう言って、何の違和感も抱かずに再び歩き出したギル。

 じろきちはまだ幼い二人のやり取りを柔らかな表情で見守っていた。



――――

★作者のひとり言

月本ですッ!


来ました99話!もちろん次は100話です(*‘∀‘)ヤッタゼ

ちょっと駆け足気味になっちゃったけど、個人的に今回の土蜘蛛エピソードはお気に入りなのです。


そしてただいま、カクヨムコン8ブートキャンプ4日目。

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もちろん★レビューもよろしくお願いしますー!


たまには俺もランキングに入れさせてくれぇ(←切実)

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