第32話 一人歩き

 D組で起きた童女による血の制裁事件は、ギルの呪いの噂に上書きされるように学年を駆け巡り、噂の鎮静化に少なからずの影響を与えていた。


 元々が冷やかし半分だったのだ。


 面白半分のちょっとした悪ふざけで軽々しく呪いの噂をイジったがためにととんでもない制裁を受けた生徒たち。


 彼らの二の舞はゴメンとばかりに、表立って噂を口にする者はその日のうちにほとんど見られなくなっていた。



 だが、ギルに関するはそれから数日が過ぎても、陰に隠れるように一人歩きを続けていた。


 その噂とは、【呪われし者ギルガメスが学年ランキングの低いザコ狩りを始めるらしい】という、〈呪いが伝染うつる〉という噂に比べると、いくらか信憑性が高そうな話であった。


 また、その噂に一緒について回っていたのは、


『ギルガメスは呪いの力で生徒のランキングがわかるらしい』

『その力は6歳で孤児院を出て呪詛師の元で修行をしたことで身につけたらしい』

『D組の八本手の童女もギルガメスの呪いの力によって操られているらしい』


 と言う、随分と都合の良い話ばかり。


 しかし、すでに生徒たちは先入観バイアスに捉われていたのだ。

 噂は確かに一学年全体に、病魔の如くじわじわと影響を及ぼしていた。


 どこで尾ひれがついたかわからない噂が飛び交う中、呪いの力を恐れたランキングの低い生徒たちが、見た目が弱そうな生徒にデュエルを仕掛けて少しでも順位を上げようと躍起になる。


 そんな行動が日を追うごとにあちこちで目撃されていた。


 その結果は誰もが知るところ。

 当然のように生徒間で褒章エンブレムが激しく移動していったのである。



 特にランキング下位の生徒たちは混乱に包まれていた。

 冷静になれば誰にでもわかりそうなことだが、見た目では真の強さは図れない。


 デュエルに巻き込まれたのは比較的見た目が地味な生徒たち。

 ただし、その中にはランキング下位層だけでなく、中位層の生徒たちも含まれていた。


 俄然湧き立つ殺伐とした雰囲気。

 得体の知れない負の力に飲み込まれていく1年の学舎。


 それは、ランキングの上位者にとっても看過できないところまでやってきていたのだ。





『童女の血の制裁』から1週間が過ぎていた。


 その日の午前の休み時間。

 ヴィルヘルミーナ・アルヴェスタ・ラバンは、噂の真相を突き止めるべく、A組とB組が授業を受けている体育館へと足を運んでいた。



「ちょっと姉さん、急にB組へ行くなんてどうしたのさ?」


「はぁ!? アンタも聞いてるでしょ、ギルくんのデタラメな噂」


「あぁ、アレね。ギルの野郎ならやりかねないでしょ。だってアイツ、ランキング低そうだし、呪われているのは事実だし」


 肩を竦めてニヤリと笑う、弟のヴィンセント。

 ミーナはこめかみに青筋をビキッと立てると、無言で横を歩くビンスに裏拳をバキバキに叩き込んだ。



「ぐぼべっ!」


「バカなこと言ってんじゃないわよ。ギルくんがそんなことする訳ないでしょうが」


「へへ……ご褒美ありがとうございます、姉さん」


 ドクドク溢れる鼻血を手で押さえながらビンスは恍惚の表情を浮かべている。



「我が弟ながらマジでキモいぜ……」


 そして二人は体育館前へ。

 ミーナは視界に映る休憩中の生徒たちに視線を向けると、体育館の外壁にもたれて談笑する男女三人組に近づいていく。



「ねぇ、ちょっといい?」


「ん。あ、これはヴィルヘルミーナさま。何か御用ですか?」


「いや、用って言うか。ねぇアンタたち、今何の話をしてたの?」


「……何ってただの雑談ですよ」


「ふ~ん」


 ミーナは適当に相槌を打つと、視線を別の女子生徒に向ける。

 


「アンタのそのバッジ。A組ね」


「ええ」


「ねぇ。今、何の話をしていたかアタシにも教えてくれない? どうも最近の話題とかに疎くってね」


「いやあ、ヴィルヘルミーナさまには関係のない話ですよ」


「いいのいいの。アカデミーでどんなことが話題になっているか知りたいだけだから」


「え~、でもホントに大した話じゃないですよ~」


 のらりくらりとした女子生徒の態度に、気の短いミーナの顔に苛立ちが浮かび始める。


 一歩前に出ると、女子生徒の顔の横に手を伸ばし、壁をドンッと突いて言う。



「いいからとっとと教えなさいよっ! どうせギルくんのうわ――」


 ミーナが大きな声を出したその時。

 何者かに後ろから肩を掴まれる。



「おー、そこの姉ちゃん、嫌がってるみてーだし、その辺にしといてやれや」


 あっさりと背後を取られたことに驚き、ミーナは振り向きざまに大きく距離を取る。


 そこにいた男。

 180㎝を超える長身に服の上からでもわかる、鍛え抜かれた体つき。

 青い短髪、細く鋭い目つきの竜人族ドラゴニュート


 B組のトップと目される人物。

 リュー・ヤーネフェルト・ゼルレギオスだった。



「貴様ぁ! 姉さんに軽々しく触れるなあああ!」


 驚いたミーナが口を開く前に、弟のビンスが片手剣レイピアを抜いて突然リューヤに斬りかかった。


 高速の剣戟がリューヤを襲う。

 が、リューヤは眉一つ動かさずに、その剣先を素手であっさりと掴み受け止める。



「!!? き、貴様ッ! その汚い手を離せ――」


 言うが先か、それとも……

 リューヤはさして力を込める様子もなく、レイピアを片手で握り込み粉砕すると、瞬きする間もなくビンスの顔面を拳で振り抜いた。



「ボハァッ!!」


 周囲の生徒たちが気づいた時には、ビンスは言葉にもならない声を残し、外廊下の端まで吹っ飛ばされていた。



「ンだよ。テメーの弟、クッソよえーゴミじゃん。なぁ、ヴィルヘルミーナ姫」


「リュー・ヤーネフェルト・ゼルレギオス……」


 学年10位のリューヤと、17位のミーナ。

 実力者同士が一触即発。


 激しく視線が交錯する二人。

 その間には、青白い火花が舞い散っているようだった。




>>次回は「スペードの4」と言うお話です!

――――――――――――

【異世界デスアカデミー】の豆情報コーナー(,,>᎑<,,)ヨンデクレテアリガトネ


入学式から約1カ月。

学年上位の実力者は、同じく実力者の顔と名前が大体頭に入っているみたい。


リューヤは学年10位のトップ10ナンバーズと呼ばれる実力者。

ミーナもナンバーズではないけれど、H組のナンバー2にあたる実力者だから、強者は強者を知るってことで、お互いに認識はし合っているようだね。


ランキングを上げて行くためには情報は欠かせないから、きっとその辺りも含めて今後はさらに激しい戦いが展開されていきそうだよ。



――――――――――――

★作者(月本)の心の叫び


ミーナ、お久しぶり!

個人的に思い入れのあるキャラなのです。

もうちょっと彼女の出番を増やしたいところなのですが、まだ物語の序盤なので焦らずに行こうと思っております(^^ゞ

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