第18話 精霊の噂

 その日の帰宅後。


 ギルは家(木の上の掘っ立て小屋ツリーハウス)につくなりカバンを放り投げると、近くの川に行ってバッシャバシャと顔を洗っていた。



「ギル」


 タオルでゴシゴシ顔を拭いていると、背中から声を掛けられる。

 振り向くとそこには小柄なハーフエルフの少女が立っていた。



「お、ラヴィか。どうした、新しい薬でもできたのか?」


 ギルが親しみを込めてラヴィと呼ぶその少女は――



入学ランキング15位/400人

風の薬士キュアゼファー〉こと、ラヴィアン・ヘイクス。



 幼少期を共に過ごした冒険仲間パーティメンバーであり、数々の死線を潜り抜けてきた間柄である。



「いえ、薬はまだです。学校だとなかなかゆっくり話せないから、家まで来ちゃいました」


 ラヴィアンとは9歳の頃にパーティ解散時に一度離れ離れになったものの、騎士魔法学園アカデミーの入学前に二人の共通の仲間が知らせてくれたおかげで再会を果たしていた。


 そのため、ラヴィアンはこれまでにもギルの家に遊びに来たことがあった。いつもは薬の新作を持って来るのだが、今日はどうも様子が異なる様子。


 と言うのも、アカデミーでギルがすいと手を繋いで下校する姿を目撃したことで、なぜか居ても立っても居られなくなったらしい。


 もちろんギル本人には言えないのだが。



「そっか、まぁいいや。せっかく来たんだし上がっていけよ。ウチは何もないから水しか出せないけど」


 ギルは現在進行形でめちゃくちゃ貧乏なのだ。



「あ、それならお菓子とお茶がありますから一緒に食べましょう」


 この時点ですでにハイスペックであるラヴィアンは、異能者が持つ特殊能力アビリティをいくつも所持している。


 その中の一つである四次元収納4Dストレージという、別次元に物体を収納するするアビリティによって物の持ち運びは自由自在。


 とても便利なアビリティの割には習得難易度は低く、実力者は大概所持しているものだった。


 ちなみに、クロベエも所持しているし、ギルも武器が収納できるだけの少ないスペースなら使うことができる。


 まぁ、それはさておき……



 ギルとラヴィアンは梯子で木に登り、クロベエはふわりと浮いてツリーハウスに入室。


 4畳半ほどの殺風景な面白みのない部屋にはテーブルと、クロベエの猫用ベッド、そして雑に折りたたまれた布団が置いてあるだけ。


 ちなみに猫用ベッドはドーム型で、手先の器用なラヴィアンの手作り。

 新居祝いにプレゼントしてくれたものであった。



「わりぃな。お客にお茶菓子までご馳走になっちゃって」


「ギルが貧乏なのは知っているし問題ないのです。私は薬を売ればお金は作れますから気にしないでください」


 ラヴィアンはその業界では有名な薬士である。

 9歳で自力で万能薬の開発に成功したのを皮切りに、これまでにいくつもの新薬を生み出している。


 お金に困ると回復薬ポーションを売ってお金に変えているらしい。


 ちなみに、彼女は父親のヘイデン・レイクス(巨人族)と現在二人暮らしである。



「ところで今日は何の用? 突然押しかけてくるなんて珍しいな」


 ギルがテーブルの上に置かれたクッキーをポリポリ食べながら尋ねる。



「あー、それはそのぉ……」


 まさか、翠と手つなぎ下校をしているところを目撃して、気になって後をつけてきたとは言えず、ラヴィアンはやや黙考する。


 すると突然、空気の読めないクロベエが、乙女のラヴィアンに向かってクソしょーもないことを言い出す。



「わかったぞぉ。ラヴィはまたおっぱいが大きくなったからって、わざわざ自慢しに来たんでしょー」


「はぁ!? そんなわけないでしょーが!」【バコッ】

「ボウヘッ」【キラーン←星になったクロベエ】


 クロベエはラヴィアンの一撃をモロに喰らってツリーハウスを猫の形で突き破って遠く彼方へ吹っ飛ばされていった。



「そうなの?」

「だから違いますってば!(汗)」


 ギルはふ~んと漏らすと、吹っ飛ばされたクロベエを気にする素振りも見せず、出されたお茶を一口すする。


 これは美味しい。何だか花のような香りがする。

 自分じゃこういう種類のお茶は選ばないだろうなぁなんて思いながらもう一口。



「いいい、今のはクロベエのしょーもない妄想ですからね!」


「ん? あぁ、うん」


 ギルは空返事をすると、クッキーを口に放り込む。



「で、ほんとのところの用件は?」


 ラヴィアンがなぜか顔を赤くしてもじもじしているので、ギルは話を促した。



「あ、そうそう。実はですね、ちょっと〈精霊の噂〉で不穏な気配を感じたものですから」


 ラヴィアンの言う精霊の噂とは、これも彼女の所持するアビリティの一つ。風の精霊の加護を受けたラヴィアンは怪しい噂や気配を敏感に感じ取ることができるのだ。



「不穏な気配? って、俺に言うってことは当然俺絡みってことだよな?」


「そうです。気配が強いのは私の隣のクラス、E組からですね。ただ、他のクラスからも怪しい動きは感じます。だからこうして忠告を……」


 ラヴィアンはそう言って目を伏せた。

 ラヴィアン自身もギルと同様に幼い頃から旅をしてきたため、集団生活に慣れていないことは容易に伺い知れる。


 人のことを心配している場合じゃないだろうに、相変わらずおせっかいだなと、ギルは忠告を受けたばかりなのに「くくっ」と声を漏らした。



「はぁ!? 何笑ってんですか!? 人が心配してわざわざこんな何もないど田舎まで来てあげたっていうのに!」


「あぁ、わりぃわりぃ。何年経ってもラヴィは全然変わんねーなって思ってさ」


「何ですかそれ?」


「いや、気にすんな。こっちの話だから。それより忠告は確かに受け取ったぜ。悪目立ちしないよう大人しくしているつもりなのに何でロックオンされてんのかは全然わからんけど」


「自分で思っているほど大人しくはしていないと思いますけどね。まぁ、あなたがって言うより、周りに目立つ人が多いからかもしれませんが」


 ラヴィアンは翠やジュナを頭に思い浮かべながら、ちょっとした意地悪のつもりで言ってみたのだが、ギルには何のことだかさっぱりわからないようで。



「周り? ん~、あぁブルートか。確かにアイツ、入学式でカマしてたもんな」


「……えっと、誰です、それ?」


 どうにも会話の噛み合わない二人である。

 それでも、久しぶりに会話を交わした二人は、束の間の穏やかな時間を共有したのだった。



>>次回は「オーク VS バーサーカー」と言うお話です!

――――――――――――

【異世界デスアカデミー】の豆情報コーナー(,,>᎑<,,)ヨンデクレテアリガトネ


ラヴィアンは風属性に特化したハーフエルフ。

風魔法の練度は高く、一部の上級魔法まで使うことができるんだ。


他には後方支援と補助魔法の適性が高いから、パーティに一人いるとありがたいタイプだね。


でも、ラヴィアンの将来の夢は立派な薬士になること。

それは彼女の過去の出来事が大きく関係しているんだ。


ちなみにラヴィアンの過去の話は↓に書かれているので、詳しく知りたいと言う人がいたら読んでみてね。

https://kakuyomu.jp/works/16817139558143902273/episodes/16817330648943151059



★用語解説:四次元収納4Dストレージ

通常アビリティ。何もない空間〈疑似別空間〉に物を収納することができる。


習得難易度は比較的低いため、レイアガーデンの大半の生徒は習得しているらしい。


ただし、収納できるスペースには個体差がある。

ギルは武器数本分くらい。

クロベエやラヴィアンは練度が高いため、家一軒分くらいの収納スペースを生み出すことができる。

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