第65話 【ラヴィアン編①】呪われたエルフ

 ルナ王国の南に位置するバフレスク地方。そのまたさらに南に位置する大国〈クルザリオン帝国〉との国境沿いにエルフ族が暮らす、とあるエルフの里があった。


 里に暮らすエルフはおよそ300人ほど。小さなその里は、100年以上にも渡って大きな争いもなく平和に時を刻んでいた。


 その中に「異分子が入ってきた」と里のエルフたちがざわめく。王都で暮らしていた父と母に連れられて、ラヴィアンはこの里へ初めて足を踏み入れた。

 

 父はエルフ。母はヒューマンで、その子供のラヴィアンはハーフエルフである。肌が白く、耳は長くとがっており、その特徴だけで言えば他のエルフの子供と何の変りもないように見える。


 だが、ラヴィアンには決定的に他のエルフの子供たちとは異なる点があった。



「おい見ろよ。コイツ本当に髪の毛が紫色だぞ。あはは、逃げろー、悪魔の使いだー」



 逃げていくエルフの子供たちを見て思う。どうして私の髪の色は紫色なんだろう。どうして私だけみんなと違うんだろう、と。


 外で見られる度に、そのを見た連中から【悪魔の使い】と呼ばれるようになったため、ラヴィアンはしばらくして家からでなくなった。


 エルフの里では、〈紫色は悪魔の色〉とされており、奇異の対象だったのだ。


 同年代のエルフたちもそれほど悪気は無かったのかもしれない。しかし、ラヴィアンは心の壁を閉ざしてしまう。両親もどう接したらいいのかわからず、困惑するばかりの日々が続いた。




 ラヴィアンが外に出なくなってから2カ月近くが経とうとしていたある日、近くに旅の途中で里に立ち寄ったと言うエルフの親子がラヴィアンの家に挨拶に訪れた。


 この時ばかりは、家の中に閉じこもっていたラヴィアンも挨拶だけはするようにと両親に促され、父親の後ろに隠れるようにして親同士の話が終わるのをじっと待っていた。



「ねぇ、どうしてキミは後ろに隠れているの?」



 一緒にあいさつに訪れていた旅帰りのエルフの子供が、ラヴィアンの様子を不思議がって声を掛けてきた。

 

 ラヴィアンよりも少し背が高く、髪は綺麗な金髪のエルフの少年。ラヴィアンは突然話しかけられたこともあり、返す言葉が見つからない。

 

「あぁ、この子は少し恥ずかしがり屋なところがあってね」


 父親がフォローに回るが、少年はお構いなしにラヴィアンに向かって声を掛け続ける。


「そうなの? でも、恥ずかしがることなんてないよ。せっかくご近所さんになったんだし、少し外で一緒に遊ぼう」


 少年があまりにも屈託のない笑顔で言うものだからか、ラヴィアンは半ば呆れたように首を縦に振った。



 エルフの里の端に小高い丘があった。そこはラヴィアンの住む家からもほど近く、二人はごく自然な流れでそこまで行ってみようとなった。


 10分ほど歩いて到着。丘の上は子供が追い駆けっこできるくらいの広さはあって、大きな木が2本立っている。ラヴィアンがこの場所に来るのは初めてだった。


「ほら見て、里が見渡せるよ」


 少年が指さす方向を見ると、確かに眼下に里全体が見渡せた。ラヴィアンの家も里の集会所も中央広場も、全部がミニチュアのように小さく見える。


 その時、丘の上に強い風が吹いて、ラヴィアンは一瞬目を瞑った。目を開けると、そこにはエルフの少年の顔があった。


「ね、外に出てよかったでしょ? だって、景色もいいし風だってこんなに気持ちがいい」


 そうやって、ヘヘッと笑う少年。


「――うん、そうだね」


 ラヴィアンの頭の中にかかっていた薄暗い霧が少し晴れたような気がした。




 少年の名は〈マルク〉と言った。歳はラヴィアンよりも1つ上。吟遊詩人の父親と共に各地を旅して回っているらしい。


 ラヴィアンとマルクはすっかり打ち解けて仲良くなっていた。毎日のように外で遊ぶようになり、家に籠ることはなくなっていたが、他のエルフの目が気にならなくなったわけではない。

 

「おいみんな、あそこに悪魔の子がいるぞー」

「なぁ、お前は外に出てくんなよな」

「そうそう、里に悪魔がやってきたらどうしてくれんだよ」

「もういっそのこと、どっかに引っ越してくんねぇかなー」


 この日は運が悪く、ラヴィアンを見かける度にからかってくるエルフの少年たち4人に見つかった二人。ラヴィアンは何も言い返すことができずに固まったままただうつむくだけだった。


 そんな様子を見かねて、マルクはラヴィアンをかばうように前に移動すると、エルフの少年たちに向かって、自分の頭を人差し指でトントンと指しながら、憎らしげな顔で言い放つ。



「おーいお前ら、今どき迷信を真に受けてるとか頭めちゃくちゃバカだろ?」



 マルクの言葉にエルフの少年たちは一様に顔を真っ赤にして怒り出し、何やら叫びながら走って向かってくる。


「ちょっとマルク! 急に何を言い出すの? 早く逃げないと」


「いいからいいから」


 エルフの少年たちが走ってきてマルクに掴みかかろうと手を伸ばしてきたその時、地上から風が吹き上げて、近くにあった高い木の上まで4人全員を運んで行った。


 しばらくして、少年たちの泣き声や助けを呼ぶ声が聞こえてくる。ラヴィアンはきょとんとした顔でマルクに尋ねた。


「え? なに今の……」


「あぁ今のは風魔法だよ。これでもだいぶ優しく懲らしめたつもりなんだけどな」


「風魔法って、こんなこともできるんだ……」


「うん、便利だよ。魔法が使えれば、大人やモンスター相手にだって負けないし、今みたいにラヴィのことも守ってあげられるからね」


「ありがとう、マルク――」


 マルクは魔法に精通していて、風魔法のほかにバフやデバフなどの強化・弱体なども使いこなせると言う。


 エルフの里の近くにも学校があり、そこでは魔法は初等部の高学年で習い始めるのだが、初等部入学前にも関わらず、ここまで魔法が使いこなせると言うのはエルフの里では聞いたことがない。



 この日以降、ラヴィアンはマルクから魔法を教えてもらうようになった。

 マルクのように強くなりたい、私も生まれ変わりたい……その一心だった。

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