第66話 【ラヴィアン編②】ラヴィアン、幼稚園へ
マルクと出会ってからおよそ1年。
5歳になったラヴィアンはエルフの里の外にある幼稚園へ入園していた。
その幼稚園はヒューマンが7割、残り3割がエルフの生徒で、子供たちは種族同士仲が悪かった。両者は毎日のように揉めていて、ラヴィアンはその仲裁に追われる日々を過ごしていた。
「ラヴィちゃん来て! 向こうでオットーがヒューマンの奴らにいじめられてる!」
「わかった。すぐに行くね」
ラヴィアンは気づけば、同世代のエルフたちのリーダー格に祭り上げられていた。それは、ラヴィアンがエルフの里の少年たちの間で〈最も強くなってしまった〉からに他ならない。
以前、ラヴィアンをいじめていた連中も今ではラヴィアンに全く頭が上がらず、今ではこうして真っ先に助けを求めてくるほどである。
ただしマルクは別格で、彼はこの一年でエルフの大人たちに交じっても里で一番なのではと噂されるほどの人物となっていた。ちなみにマルクは各地を転々とする旅するエルフのため、幼稚園には通っていない。
ラヴィアンが急いで向かうと、以前ラヴィアンをいじめていたグループの1人であるオットーが園庭の隅でヒューマンの子供たちから棒で叩かれるなどの暴力を受けていた。
「あんたたち、今すぐオットーから離れなさい。さもないと、また痛い目に遭ってもらうからね」
「おぅ、来やがったかラヴィアン。けどな、今日はそう簡単にはいかねぇぞ。なんてったって強力な助っ人に来てもらってるからな」
「助っ人?」
ラヴィアンが尋ねると、ヒューマンの少年は「ふん」と小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、両手を口の両脇に形造って、その中で声を上げた。
「ステファンくん、来てくださーい! こいつがさっき話したラヴィアンでーす」
その声の方向から歩いてきた少年は、茶色の髪に青い目をしたラヴィアンよりも頭一つ背が高く、身なりも他の子たちと比べて遥かにきちんとしている印象を受ける。
「やぁ、エルフのラヴィアン。初めまして。ボクはステファン。ヘールグンドのヘタレ公子だ。以後お見知りおきを」
「え? あぁ、うん」
不思議な人だった。ステファンからは敵意を全く感じない。このまま揉める流れになると思っていたラヴィアンは面食らっていた。
「ちょっと、なに呑気に挨拶なんてしてるんだよ。コイツ、エルフのくせに生意気なんだ。ステファンくんなら楽勝でしょ」
面食らったのはラヴィアンだけではなかったようだ。ヒューマンの少年もステファンにつっかかっていく。ステファンは先ほどまでとは明らかに表情を変えて怒りをにじませながら少年に言う。
「お前さ……、誰に向かってモノを言っているのか分かっているのか? あと、俺はお前らみたいなつまらないヒューマンじゃなくて、ラヴィアンと仲良くしたいと言っているのが分かんないかなぁ。これ以上俺を怒らせたらお前の家族ごとこの国から消しちゃうよ、それでもいいの?」
「え……うそ……だってアイツらエルフ……」
「黙れ! 今すぐ散れっ!」
「は、はいぃぃ」
ステファンはヒューマンの少年たちを追い払うと、片膝をついてラヴィアンの手をそっと取って言う。
「これはお見苦しいところを見せてしまった。この場で言うことではないかもしれぬが、どうか今までのヒューマンの非礼を許してはもらえないだろうか。ボクたちはエルフとの争いは望んでいない。それは我が父君も同じ思いだ。種族が違うだけで理由もなく争うなんて愚か者のすることだと思うのだが。キミはどう思うかな、ラヴィアン」
いかにも貴族らしい言い回し。大人びた物言いに、この人はきっと学術にも長けているのだろうとラヴィアンは思った。
「え……あぁ、そうだね。私たちは元からヒューマンと争う気はないんだ。仲良くやっていけるならそれが一番だと――」
「そうかそうか、キミも同じ思いか! いやぁ、安心したよ。私たちは気が合いそうだ。これからもよろしく頼むよ、ラヴィアン」
そう言って、ステファンはラヴィアンの手を両手で握り直すと上下にぶんぶんと振って喜びを伝えた。
「あ……うん、こちらこそ」
ラヴィアンは面食らったままだったが、その手から伝わってくる温かさに嘘はないと感じていた。今までのどこか殺伐とした空気をさっきの少年たちと共に追い払ってくれたステファンに感謝の気持ちも芽生えていた。
それからラヴィアンは1つ年上のステファンと共に幼稚園内の種族同士の争いを収めるべく行動を共にする機会が増えていく。
ステファンは常に貴族らしい気品に満ち溢れ、その人柄もあって周囲のヒューマンから絶大な支持を受けていた。
一方のエルフ族も、ラヴィアンを中心に益々結束が強まり、そのラヴィアンが望むならと、ヒューマンとの関係改善にも前向きになっていく。
まだ完全に火種は消せなかったが、それでも以前に比べると両種族の関係は明らかに改善されていったように思えた。
種族が争わない誰も傷つくことがない平和な世界。
それが、ラヴィアンの一番の願いだったのかもしれない。
そんな穏やかな日々が続くことを願ってやまなかったのに。
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