第67話 【ラヴィアン編③】巨人族

 その日、休日と言うこともあり、ラヴィアンはマルクと共に近くの森で朝から魔法の鍛錬に励んでいた。

 

 風魔法は中級までは既に習得済みで、今は上級魔法の練習中。

 

「あぁ、また失敗……。上級になると途端に難しくなるね。必要となる魔素量が桁違いだからかな」


 ラヴィアンは度重なる失敗に思わず弱音をこぼす。

 

「そうだね、でも明らかに上達はしているよ。上級魔法なんて一生習得できない人がほとんどなのに、キミは1年ちょっとでもうこんなに上達したんだ。キミには素質がある。焦らなくてもきっと近いうちにできるようになるさ」


「……ありがとう。マルクにそう言ってもらえると元気が出るよ」


 この一年間、ほぼ毎日のように魔法の鍛錬に付き合ってくれているマルク。今ではすっかり全幅の信頼を置いていた。

 

 お昼時。朝から鍛錬しっぱなしだった二人は、持参した弁当を広げていた。お互いのおかずを交換したりしている姿は仲の良い兄妹か、小さな恋人同士にも見えなくない。

 

 二人は談笑しながら弁当を食べていたが、ラヴィアンがフォークでおかずを刺そうとすると空振ってしまう。その様子を見たマルクが笑いながら言う。


「もう、何やってるのラヴィアン。おかずを刺せないなんておかしいの」


「ち、違うって! これは……あれ、今揺れてない?」


 気が付くと、【ズシーンズシーン】と音がどんどん近づいてくる。ラヴィアンたちはその音が聞こえる度に体が浮くほどだった。


「これって……」


「わからない。とにかく行ってみよう」


 二人は急いで森を抜ける。光を遮る木々が途切れた瞬間、それはすぐに目に飛び込んできた。

 

「なぁるほど、こりゃあ揺れるのも仕方ないね。ラヴィアンは実際に見るのは初めて?」


「え、あぁ、うん。本や噂では聞き及んでいたけど、まさかこれほどとは……」


 二人の目の前には、身の丈10mを超えるような巨人が背中を向けてそびえ立っていた。周りのどの建物よりも遥かに大きい。ラヴィアンはその姿に圧倒されていた。


 両足はまるで大木のようで、その背中は断崖絶壁の岩壁のように見えた。頭はあまりにも高い位置にあるためよく見えないが、長髪を後ろで結っているのはわかった。


 これだけ目立つ存在だ。すぐに里中のエルフが巨人の周りに集まってきた。そのうちの数人は弓を引いている。穏やかにはいかなさそうだ。


「僕たちも行こう!」

「うん」


 二人は走り出す。近くに見えた巨人までは意外と距離があって、息を切らせながら巨人の正面へと回り込んだ。その時、巨人と相対していたのはラヴィアンの父、アルフレッドだった。


「みんな、やめろ! 彼は私の古い友人だ。ヘイデン、お前もそんなに大きな姿のままじゃみんなが怖がるのがわかるだろう? 〈変化メタモルフォーゼ〉を使って小さくなってくれ」


 アルフレッドが言うと、ヘイデンと呼ばれた巨人は胸の前で両手をパンと合わせた。すると、みるみるうちにその姿は小さくなっていく。小さくなったと言っても3mくらいはあったのだが。

 

「お父さん!」


 ラヴィアンはたまらず父アルフレッドの元へと駆け寄った。

 

「おぉ、ラヴィアン。今日も魔法の訓練か。精が出るな」


「いや、それどころじゃないよ。こっちの巨人族の人は……?」


 そう言って、ヘイデンの方にちらりと視線を送ると、眼光鋭くこちらを見ている。

 

「あ、あわわ……」


「そんなに怖がらなくても大丈夫。この男はいつもこんな顔だ」


 言われたヘイデンは表情を一つも変えずに言い返す。


「ふん、悪かったな。それより、アルフレッド、この子がお前の?」


「あぁ、娘のラヴィアンだ」


「そうか、じゃあ彼女と共に旅のパーティを抜けたあとで――」


「そういうことだ。今はこの里で穏やかに暮らせればそれでいい」


「ふん……」


 二人の会話を横目に、マルクがラヴィアンに尋ねる。


「ねぇ、そう言えば、キミのお母さんってヒューマンだよね? ヒューマンってそんなに長寿だったっけ?」


「お母さんはエルフの飲み薬をお父さんと出会った頃から飲んでいるって言ってたよ。だから、見た目も若い頃から変わらないし、寿命も大きく伸びるんだって」


「へぇ、エルフの飲み薬ってヒューマンにも効果があるんだね」


 ラヴィアンの母は元は僧侶として、父と共にパーティを組んで旅をしていたと聞いたことがあったが、二人とも多くを語らない人のため、詳細は知らされていない。


 アルフレッドはヘイデンとの再会を懐かしみ、そのまま家へと招いた。もちろん、ヘイデンは大きすぎて家の中へは入れないが、巨人族は基本的には野宿らしく、家の近くで適当に数日滞在するということになった。


 あくる日。ラヴィアンが朝からマルクの元へ向かおうと玄関のドアを開けると、ヘイデンが近くの大木の下で背中を向けて寝そべっている姿が目に入った。


「うわぁ……やっぱり大きいなぁ、それに怖い」


 ラヴィアンは気配を悟られないように足音を立てずにその場を立ち去った。


「……ふん」


 ヘイデンは鼻を鳴らし、二度寝する。


 相容れない二人。この日、事態は風雲急を告げる。

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