第68話 【ラヴィアン編④】地獄の火炎

 里から少し離れた林の中にラヴィアンとマルクはいた。

 今日も魔法の修練。もはや完全に日課となっていた。


「やっぱりあの人苦手」


 ラヴィアンは風魔法を撃ちながら珍しく愚痴をこぼしていた。


「あの人ってヘイデンさんのこと?」


 マルクが尋ねるとラヴィアンは首をコクリと縦に振った。


「昨日もあのあと少し話をしてみたんだけど、何を考えているかわからないし不愛想で疲れちゃった。さっきも家の前に寝ころんでいたけど見つからないように出てきたし」


「ハハッ、ラヴィにしては頑張ったのにね、親の友達だからって無理しないでもいいんじゃない」


「父さんと母さんの昔の話を聞きたかったんだけど、どうにも上手くいかないみたい。えいっ」


 そう言いながら放った風魔法は、巧みに制御されて綺麗に木材をカットした。熟練度もだいぶ上がってきたと言う手ごたえを感じる。



 二人は風魔法で伐採した木に腰かけて、つかの間の休憩を取っていた。その時、突然周りの木々から一斉に鳥が羽ばたいていき、驚きのあまり腰が浮く。ラヴィアンが見上げると、何か巨大な物体が上空を通過していき、辺りには大きな影が落ちた。



「何、あれは……? 実物は見たことないけど、もしかして……」

「そう、ドラゴンだ……って、ちょっと待って! まだ来るよ」



 マルクが指さす方向には、続けて2体のドラゴン。計3体のドラゴンが上空を通り過ぎて行った。焦り、ラヴィアンが言う。


「向こうは里の集落の方向……とにかく急いで戻らないと!」


 集落までは少し距離がある。ドラゴンはもう見えなくなっていた。しかし、ラヴィアンの胸の鼓動は増すばかり。あんな邪悪なオーラを撒き散らす存在は見たことがない。


「この坂を越えた先に集落が見えるはずだよ」


 マルクが遅れてついてくるラヴィアンに声を掛ける。二人が坂を登りきると、予想だにしていない光景が飛び込んできた。


【グゥボォオオオオオオオオ】


「うそ……」


 エルフの里の集落は3体のドラゴンのファイアブレスによって炎の海と化していた。身体に火をまといながら顔を歪ませ泣き叫び、逃げ惑うエルフたち。


 家々のほとんどは紅蓮の色に染まり、希望の全てが炎で焼き尽くされたしまったような、変わり果てた絶望の景色へ。


 ラヴィアンは自宅へ走り出す。頭の中は真っ白だったが、とにかく身体が勝手に動くのを感じる。丘を越えて見えた自宅は……炎に包まれていた。唸りが混じる業火の音が絶望の色を増して行く。


「あああ……」


 ラヴィアンの瞳に炎が映っていた。強いショックを受けたせいか言葉が出ない。その時、地面の揺れと共に大きな足音が耳に入ってきた。ラヴィアンは慌てて振り向くと、そこには見上げるほど大きな大男。巨人族のヘイデンが立っていた。


「お前の両親は無事だ。こっちへ」


 ヘイデンは踵を返すと大きな足の裏で草木に燃え移った炎を消火しながら歩いていく。その大きな背中は炎で焼けただれていた。


「ヘイデンさん、その背中!?」


「うるさい。黙ってついて来い」


 それからもヘイデンは消化をしながら歩き続ける。あとを行くラヴィアンに火が押し寄せないように配慮しているようにも思えた。


 小高い丘に斜めに掘られた急ごしらえの防空壕。見ればヘイデンの両腕は土にまみれていた。


「あなたがこの穴を?」


「……そんなことはどうでもいい。この中にお前の両親も避難している。お前も早くこの中へ入れ! もたもたしていると死ぬぞ!」


 ラヴィアンは言われるがまま、穴の中へ避難する。急ごしらえ感はあったが、ちゃんとシートも敷かれていて、幼稚園の教室のおよそ3分の2くらいの十分な広さがあるとラヴィアンは思った。


 穴の中では十数人のエルフが身を寄せ合って震えていた。皆、どこかしらに火傷を負っている様子で、うめき声が混じっている。両親を見つけるとすぐに駆け寄り、父のアルフレッドの胸に飛び込んだ。


「父さん、何なのこれは? なぜこんなことに?」


「わからない。突然ドラゴンが襲ってきて、里はあっという間に火の海だ。ヘイデンがいなかったら、私たちは今頃……」


「そんな……」


「そう言えば、マルクはどうしたんだ? 一緒じゃなかったのか?」


「え?」


 どこにもマルクの姿は見えない。どこではぐれたのだろう。混乱していて記憶の整理が追い付かない。近くで話を聞いていたマルクの父親がラヴィアンに詰め寄る。


「ラヴィちゃん! うちのマルクはどこなんだ!? まさかこの火の海の中で――」


「……ッ! 私探してくるっ!」


 両親の制止を振り切り、ラヴィアンは穴の外へと飛び出していく。視界の先ではヘイデンとドラゴンが戦っていた。その近くには横たわっている1体のドラゴンも見える。すでに1体は倒したようで、残り2体のドラゴンと交戦中のようだった。


 近くに行っても足手まといになるだけだ。ラヴィアンは来た道を引き返す。今はとにかくマルクを見つけないと。彼を死なせてはならない。私を暗闇から陽の当たる場所へ連れ出してくれた恩人。そして私の大切な――


 様々な感情が入り乱れる。邪念を払うかのように頭を振り、ラヴィアンは必死の思いでマルクを探す。


 近くの丘の上へと登った。ここは最初にマルクが連れ出してくれた場所。見渡しの良いここなら……


「マルクーーーっ!」


 丘の上から懸命に叫ぶが里が炎に焼かれる轟音にかき消される。もうダメだ。ラヴィアンは膝をつき、頬を涙が伝う。その時。


「ラヴィーーーっ!」


 声が聞こえた。どこ? 今の声はどこから?


「マルクーーーっ! どこなのーーーっ!?」


「ボクはここだよーーーっ!」


「え?」


 声の方向。それは……上から? 見上げた遠くその先に、マルクは宙に浮いていた。そのまま空を飛んできて、ラヴィアンの元までやってくる。


「助けに来たよ。さぁ一緒に行こう」


「え、あぁうん……」


 ラヴィアンは(私があなたを助けに来たのだけど)と思ったが、こんな時でも屈託のない笑顔を浮かべるマルクを見ていると何も言えなくなり、そのまま手を引かれて一緒に空を飛んだ。


「どこへ行くの? 向こうに父さんたちがいるの、一緒にいないと!」


「そっちはあとだ。まずはアイツから」


 マルクと向かった先。それは、2体のドラゴンと交戦中のヘイデンの元。片翼に引きちぎられた跡のある1体のドラゴンに対して打撃でヘイデンが押していた。もう1体のドラゴンは空からブレスで攻撃を繰り出すが、体術で見切り交わしていく。


「へぇ、やるじゃない。あの巨人族のおっさん」


「ヘイデンさん……」


 エルフの里でのドラゴンと巨人族の戦いは熾烈を極める。

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