第69話 【ラヴィアン編⑤】初恋

 元の10m級の大きさへと姿を戻していたが、そのさらに3倍以上はあろうかと言う巨大なドラゴン相手にも、ヘイデンはその強靭な肉体フィジカルと卓越した体術で押し気味に戦闘を進めていた。


 不愛想だけどなんて頼りになる人なんだろう。ラヴィアンの目は戦闘にくぎ付けとなっていた。


「あー、こりゃよくないな。ったく何者だよ、あのおっさん」


 マルクの言い方に棘を感じる。あんなに一生懸命に里のために体を張ってくれているヘイデンに対してそんな言い方って――


「マルク、あなたさっきから少し様子がおかし――」


「おかしくねぇよ。こっちが正常だ」


「!? それってどういう――」


「はー、めんどくせ」


 そう言って、マルクはラヴィアンの手を離した。地上百メートル以上の高さから地面に真っ逆さま。自体を飲み込むまでに数秒を要した。


「きゃぁぁああああああ!!」


 ただ叫ぶことしかできない。空なんて今まで飛んだことも無ければ、もちろんそこから落とされたことだってない。どうするどうする? 地面に向けて風魔法を思いっきり打てば、反動で落下速度を抑えることはできないだろうか。そんなことが一瞬頭をよぎった。その時。


「うぉぉぉぉおおおおお!!」


 ヘイデンがドラゴンを振り切り、木々をなぎ倒しながら全力で走ってくる姿が目に入る。


「そんな……あなたはどうしてそこまでして――」


 地面に激突する寸前で、飛び込んできたヘイデンの手の平に包まれた。開いた手のひらから空の光が差し、ヘイデンの覗き込む顔が見える。


「おい! 無事か!?」


「……うん、大丈夫。ありがとう……」


「礼なんざいい。それよりここは危険だ。さっきの穴まで一人で戻れるか?」


「……うん」


 ラヴィアンは憔悴していた。里の惨状を目の当たりにしているのももちろんだが、さっきのマルクの態度、変貌ぶり。


 あれは私を殺そうとした? 私を孤独から救ってくれて、毎日のように魔法の練習に付き合ってくれて、いつも優しく見守ってくれた。


 私が……初めて憧れて、好きになった人――



「あはははははは!」



 空から声が聞こえてくる。マルクの声。ラヴィアンは声の主を睨みつけた。


「何がおかしいの!」


「おかしいよぉ。だって笑っちゃうじゃない。もうすぐみんな死ぬのに必死に助けたりしてさ」


「今なんて……? どういうこと……? マルク、あなたは一体……?」


 ラヴィアンは自分の耳を疑う。そして自分自身を疑う。


 マルクが何者かに体を乗っ取られた? それくらいのことでなければこの状況は説明がつかない。


「ボクぅ? ボクはキミもよく知るマルク・ユルストレームだよ。キミが知らないのはボクがダークエルフでドラゴンテイマーだってことくらいじゃない?」


「なん……て……?」


「キミは賢いと思っていたのにパニくると途端にバカになっちゃうのかなぁ? このドラゴンたちもボクが操っているに決まってるじゃない。でなければ、こんなピンポイントに3体ものフレイムドラゴンがエルフの里をいきなり襲ったりするわけないでしょ。もう、ラヴィったら。あははははは!」


 マルクが本性を語るにつれて、皮膚の色がいつもの白から濃い灰色へと変わっていく。そこにいるのは紛れもなくダークエルフ。眼球に無数の血管が浮き出るように走り、瞳孔は点のように小さくなっていた。


 ラヴィアンは地面にペタンと座り、変わり果てた姿のマルクだけを視界に映す。


「あああ……マルク……戻って……お願い……こっちに戻ってきて……」


「何をしている! ラヴィアン、お前は早く穴へ逃げろ! ここは俺が食い止める!」


 ヘイデンの呼びかけも耳に届かない。悲しみと絶望が押し寄せてきて、心に亀裂が入った。それは精神が壊れていく感覚に他ならない。


「ちぃっ! 死にてぇのか小娘ぇっ!」


 そう言って、ヘイデンはラヴィアンを手の中に収めると、全力で防空壕へ向かって走り出す。


「あれれれー、まだ生き延びれると思ってるのぉ? ここにいるのはバカばっかりじゃない。いくぞ、お前たち。向こうへ先回りだ」


 マルクと2体のドラゴンは空を飛び防空壕へと先着。ヘイデンが着いた時には穴の前に2体のドラゴンが立ちふさがっていた。


 その上空を優雅に舞うマルク。ヘイデンとラヴィアンを見下ろして言う。


「まぁだわかんないのかなぁ。もう詰んでいるんチェックメイトだよ、キミたちは」


 ヘイデンは目線を交互に動かし、ドラゴンとマルクを視界に収めながらラヴィアンを地面へゆっくりと降ろした。視線の向きを変えずに膝をつき、ラヴィアンだけに聞こえる程度の声量で言う。


「……いいか、俺がドラゴンを退ける。穴が見えたらお前は全力で中へ避難しろ。そのあとの奴らの攻撃には必ず耐えてみせる」


「そんな……あなたも無事では済まな――」


 その時、穴から出てきたのは吟遊詩人をしているマルクの父のエルフ。肌の色は……灰色だった。


「坊っちゃま、中はあらかた片付きましたぞ。残るはその二人ですかな?」


「ヨーセフ。キミにしてはずいぶん時間がかかったじゃないか」


「申し訳ありません。中に元冒険者が2名おりまして少々手こずってしまいましたが、致命傷を与えておきましたので、放っておいてもあとは勝手に息絶えるでしょう」


 マルクの父、ヨーセフの言葉にラヴィアンの背筋が凍り付く。


「ッ!? そんな……まさか……。父さんッ母さんッ! うわぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ラヴィアンは叫ぶと同時にヨーセフに向かって渾身の風魔法を繰り出した。真空の刃が大気を切り裂き、ヨーセフの喉元へ襲い掛かる。


【キィンキィン】


 まるで金属同士がぶつかったような音を立て、ヨーセフの目の前で風魔法は弾かれた。


「ホホ、これは初歩的なマジックバリアですよ。残念ながら、子供のエルフの風魔法程度ではこのヨーセフには届きはしませんな」


 2体のドラゴン、そして2人のダークエルフ。一体いつの間に光が見えない暗闇に落ちてしまったのだろう。


 全身に冷たい汗をかきながら、これが悪い夢であってほしいと願うしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る