第70話 【ラヴィアン編⑥】呪縛

 上空には2体のドラゴンとマルク。防空壕の前にはヨーセフ。どうすればこの窮地を乗り越えられるのか?


 私は……私の力は……あまりにもちっぽけだ。



力強化フォースドライヴ! 敏捷倍速アジリテーション!」


 その時。ヘイデンが体術スキルを口にすると、その身体が赤みを帯びていき、全身から闘気をみなぎらせていく。ヘイデンはラヴィアンを軽々と持ち上げると、自分の腰につけた麻袋に入れた。



「ラヴィアン! 俺がいいと言うまでそこに隠れていろ」

「……はいっ」


 その言葉を聞き、ヘイデンは空気を切り裂き走り出す。自身にかけたバフ効果で、あっという間に防空壕の前に立ちふさがるヨーセフに詰め寄ると、別の体術スキルを発動した。



「〈倍力・剛牙ごうが〉ッ!」


 ヘイデンの腰の入った強烈な一撃がマジックバリアを砕く。両腕で防御態勢は取ったものの、ヨーセフは脇を固めていたドラゴンもろとも弾き飛ばされた。



「今だっ、防空壕の中へ避難しろ!」


 ラヴィアンは麻袋から飛び降りると、地面をき滑りながらも死に物狂いで走って防空壕へと飛び込んだ。中に入った瞬間、入口はヘイデンの体で塞がれ、外から声が聞こえた。



「俺がいいと言うまで、そこにいるんだ、いいな! 〈生命値等価交換ライフポイントエクスチェンジ金剛スーパーアロイ〉ッ!」


 決死の声が聞こえる。ヘイデンがさっきとは別の体術スキルを発動したようだ。今は彼を信じるしかない。それよりも父さんと母さんを探さなければ。まだ……息があると信じて。


 入口をヘイデンが大きな体で塞いだため、中はほとんど真っ暗だ。ラヴィアンはじっと目を凝らす。しばらくすると少しずつ目が慣れてきて、微かに中の様子が見えてきた。


 ゆっくりと地面をすり足で移動していく。すでに息絶えたエルフの亡骸がそこかしこに散乱していたが、声が漏れないように口を塞ぎ、余計な感情を持たないようにしてただそれらを避けていく。



「……ダ……レだ? おま……えは……」


 奥から微かに声が聞こえてくる。男の人の声だ。まさか――



「父さん!? 父さんなのッ!?」


「……ら、ラ……ヴィ……なの……か……」


 声の主に近寄り目を凝らすと、そこには父アルフレッドが仰向けで倒れているのがわかった。湿った土の地面に座り込み、ラヴィアンはアルフレッドを膝の上に抱えると肩を掴んで強くゆすった。



「父さんッ! 大丈夫ッ!? しっかりしてッ!!」


「うぅ……す、すま……ぬ……わ、私……は……」


「もう喋らないで! お願い、どうすれば……父さんを助けられるの……?」


 ラヴィアンは落ちる涙も拭かずにアルフレッドに問いかけた。



「も、もう……無理だよ……刃の切り傷から猛毒魔法を体内へ直接打ち込まれてしまったからね……。一度母さんが回復魔法を当ててくれたから、私は他の皆よりも多少生きながらえているだけ……。この毒はHPの削られ方が尋常ではない……もうすぐ私も彼らのように……」


「そんな……では父さん以外みんな……」


 ラヴィアンは父の上着をぎゅっと掴む。涙が手の甲へポタポタと落ちた。



「こういう特殊な状態異常は高位の薬士が生成する〈超万能薬〉でもなければ治せないだろう……。平和なエルフの里に住んでいるからと言って油断してしまっていたようだ……」


 万能薬など数百年に渡って平和を維持してきたエルフの里では無用の長物とされていた。その認識こそが最悪の結果を招いてしまったと言うことなのか。



「万能薬なんて持ってないよ……私にはどうすることも……できない……父さん、父さん……ほかに何か方法は……」


「……もういいんだラヴィ。お前だけでも生き延びてくれれば……私の願いは――」


 アルフレッドはラヴィアンの頬に手を当て優しく微笑んだ。その目から一筋の涙が零れ落ちるとラヴィアンの膝の上に力なく全身を預けた。



「ああ……父さん……父さーーーんっ!!」


(私のせいだ。私の力が足りないから誰も助けられなかった。魔法訓練だって風魔法に夢中になって、回復や治療系の一切を学ぶことを怠っていた。


これは、私の罪だ――)



 ラヴィアンは自分を強く非難した。同級生の中でちょっと強くなったくらいでいい気になっていた。


 もちろんそれは悪でも何でもない。

 里を襲ったマルクたちに全ての非があるのは明らか。


 だが、この戦乱の世において、ラヴィアンが弱者だと言う事実はその通りであった。


 悪はマルク。しかし弱者はラヴィアン。

 正義が正しい。悪は淘汰されるべき。そんな論理はこの世界では通るはずもない。


 戦いが容認されるこの世界において、勝てば全てを奪い、負ければ全てを失う。

 そして、ラヴィアンは全てを失った。



 十数人のエルフの亡骸に囲まれたまま、真っ暗な穴の中でラヴィアンは自分を責め続けた。それは彼女の心に【呪縛】を植え付けるには十分過ぎる状況だと言えた。



「これは私の罪これは私の罪これは私の罪……コレハワタシノツミコレハワタシノツミ……」


 エルフの里への襲撃から丸二日が過ぎた。

 傷だらけのヘイデンが穴の中を覗く。

 

 そこには、白目を剥き、口から涎を垂れ流しながら、言葉にならない言葉を繰り返す、変わり果てた姿のラヴィアンがあった。

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