第49話 妖術師モーリー

 勝利を確信し、心底楽しそうに笑うスケイプ。


 しかし、歓喜の喜びを味わうことができたのはほんの一瞬。

 その首筋にヌルりと粘着したのはドロドロの黒いスライム。



「うひぃっ! な、何ですかこれは!?」


 取り払おうと手を掛けるが、液状に近いため掴むことすらままならない。


 焦るスケイプに対しておかまいなしとばかりに、スライムはスケイプの口の中にヌルヌルと入り込んでくる。


 そのあまりの悪臭は思考が破壊されるような衝動。

 スケイプは言葉を封じられ、嗅覚、味覚、そして意識をじわじわと壊されていく。


 その時、2つに分裂したスライムの片割れがスケイプの目の前で人型に成形されていく様子があった。



(ま、まさか――)


 黒いスライムはロビンに姿を変えた。

 手に大きな髑髏の付いた杖を掲げた少女は、さも愉快そうに笑っている。



「くひ……くひひひ! あのような低級の魔法で我を滅せたと本気で思っておったのか? やはり、うぬごときでは我の遊び相手にもならぬようだ」


(う、うう、嘘でしょう!!?)


「安心しろ。命までは奪わぬよ」


(ややや、やめ……やめて――)


 術士にとって、詠唱を禁止されることは全ての武器を封じられることに等しい。


 この勝負、スケイプがゾンビスライムのマクガフに対応できなかった時点で勝敗は決していたのだ。



「うぬにはしばらく大人しくしていてもらおう。闇の霧雨ダークミスト


 暗黒の霧が周囲を覆い尽くすと、スケイプが召喚した光の精霊が闇に飲み込まれていく。


 全ての精霊の飲み込み尽くし、最後はスケイプが――



(んーーー!! やめやめ、やめてくれええ……え――)


 暗黒の霧に飲み込まれ、追加効果の〈眠り〉によって意識は己の中へ落ちていった。



「ふん、たわいもない。の、マクガフ」


 スケイプの口から這いずり出てきたマクガフは、


『よ ゆ う』


 と、ドロドロの身体で床に文字を書いた。

 それを見てククッと笑うロビン。


 死霊魔術師リッチとゾンビスライム。

 このコンビとまともにやり合って勝てる魔術師など、デスアカデミーの中でもどれだけいることか。


 これで四人目。



**



 2階アリーナ席の最奥。

 そこに魔法陣に魔力供給を行っている最後の魔導士がいた。



「今すぐに魔力供給をやめてください」


 ラヴィアンは黒いフードを目深に被った魔導士に毅然とした口調で伝える。



「ン? なんや、アンタ?」


 尖った顎を撫でて、目元をフードで隠したままで魔導士が言う。



「これは1対1のデュエルのはずです。あなたもそれくらい分かっているでしょう?」


「……このアカデミーの生徒でデュエルの基本ルールを理解していないヤツがおるんかい? でも、でもやで。ワシらはそれでもメリットが大きいから竜人族ドラゴニュートに協力しているってくらい察してくれや」


「メリット? どういうことです?」


「『どういうことです?』って、そこまでは教えられんわな」


「なら、力づくで聞き出してあげますよ」


「……へぇ、オモロいやんけ」


 黒魔導士は後方にふわりと飛んでラヴィアンと距離を取る。

 ラヴィアンはその場を動かず、黒魔導士の動向を注視したまま。



「ふぅん。アンタ、風使いやんな?」


「まだ何もしていないのによくわかりますね」


「わかるわい。ワシは妖術師エンチャンターモーリー。これでも今回の作戦リーダーを任されとるんや。他の連中は倒されよったみたいやけど、ヤツらとワシとじゃレベルがダンチやさかい」


「別に属性がバレるくらい、なんてことないですけどね」


「それがなんてことはあるんやな」


 モーリーはフードの中から片目を光らせ、杖をくるりと天に向かって一周させた。



「火属性。風使いは苦手やろ」


「……」


「属性変更、火の精霊ファイアエレメンタル剣の牢獄ソード・プリズン


「あなた、精霊の属性を操れるんですか?」


「もちろんや、なんたってワシはリーダーやから、なッ!」


 モーリーが放った魔法は剣の形となって、ラヴィアンの周囲を取り囲んだ。



「その名の通り、剣の牢獄やで。風使い、アンタはもう逃げられへん」


「……ええ、確かに逃げ場は失われたようですね」


「素直やないかぁ。ワシはそんなん嫌いやないでぇ。じゃあ、すぐに楽にしてやるわ、なッ」


 炎で熱せられたような赤い剣が一斉にラヴィアンに向かって飛んで来る。



「〈風操舵エアサクション〉」


 ラヴィアンがパチンと指を鳴らして風魔法を詠唱すると、炎を纏った赤い剣は空中で向きを変えた。



「うひぃッ」【ガスガスガスガス】


 モーリーは自らが生み出した剣によって、被っていたフードを貫かれて壁に服ごと貼り付けられていた。



「属性相性がモノを言うのは術者の力量が同等かそれに近い場合ってことくらいは知ってますよね? あなたと私の力量は同等じゃない。なら、やっぱり『なんてことない』でしょう?」


 壁に貼り付けにされたモーリーは身動きが取れず、ゆっくりと歩み寄ってくるラヴィアンに成す術がない。


 そして、ラヴィアンはモーリーの目の前にやってくるとコキコキと首を鳴らして、いかにもという風に恐ろし気な表情を作って言ってみせるのだった。



「ウフフ、私の二つ名、知ってます? 〈風の薬士キュアゼファー〉って言うんですよ。で、これ。。最近生成したばかりの試作品なので治験がまだなんですよねえ。ねえ、あなた、試されてみませんか?」


「うひぃぃッ! 学園内で人体実験とか、アンタ正気か!?」


「二度と声が出せなくなったら魔術師としてはお終いですよねえ。でも、薬学の発展のために犠牲は付きものじゃないですかぁ。ねぇ頼みますよぉ、治験に協力してくださいよぉ」


「ひーーーッ! 犠牲言うてもうてるやん! わかりましたわかりました! 何でも答えますから、それだけは堪忍したってなぁ!」


 顔を真っ青にして許しを請う妖術師モーリー。


 小柄で可愛らしいハーフエルフのラヴィアンは内に秘める実力と狂気で圧倒したのだった。


 これで五人。

 魔術士たちによる魔法陣への魔力供給を完全に停止させることに成功。




>>次回予告「恐怖?の拷問パート1」

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