第39話 突然の来訪

 相変わらずギルへの嫌がらせは続いていた。

 しかし、まだ戻ってこないクロベエとの約束をギルは守り続けていた。


 クロベエが調査に向かってから3週間。

 その間は、短いようでとても長く感じられる時間であった。


 その3週間はギルの周りで露骨な噂を口にする生徒がいなくなる一方で、ほとんど空気のような扱いの、完全無視と言っていい状況が続いていた。


 さらに、校内でもギルへの目に見えないところでの嫌がらせはエスカレートしていく。


 教室に戻ってくると椅子が無くなっていたり、黒板に『呪われし者は学園から出て行け』と殴り書かれていたり、机の中にモンスターの死体が詰められていたりなど、要するにJ組内でギルに対する集団イジメが起こっていたのだ。


 そして登下校では魔法や罠などで攻撃されることがもはや当たり前になっており、普段はそれほど腹を立てることが多くないギルも、堪忍袋の緒が切れる寸前。



「さすがに腹立ってきたわぁ。あ~、クロベエのヤツ、早く戻ってきてくんねぇかなぁ」


 昼休み。

 ギルはベランダでクラス内で唯一の仲間であるブルートとロビンと三人で昼食を取っていた。



「よくこんな状況で我慢が続くゼ。前から思ってたんだけどヨ、オメーってば、どっかメンタルおかしいんじゃねぇのか?」


「え、そうか? まぁ、ガキの頃から集団暴行喰らうのが日常だったし、旅に出てからは妖怪とかモンスターとかに何度も殺されかけてっからな。ある程度耐性ができてんだと思うぞ」


「……今までどんな人生送ってきたんだヨ」


 ブルートが訝しがるその横で、ギルは巨大なお手製おにぎりをガブリと頬張る。



「まぁ、それはさて置いてもヨ。確かに、いくらなんでも黒猫がいなくなってからもうだいぶ長ぇよナ。アイツ、どっかで行き倒れてんじゃねぇの?」


 段ボール箱のような大きさの日の丸弁当を頬張りながらブルート。



「いや、それはねぇな。クロベエに何かあったら俺に知らせが飛ぶようになってんだよ。これが通信機みたいになっててさ」


 ギルはそう言って、首からぶら下げたチョーカーの先についた赤いペンダントトップを指差す。



「ふぅん、ならいいけどヨ。ただ、それならそれで時間がかかり過ぎじゃね? 何をそんなに調べることがあるんだか」


 相変わらずご飯を頬張ったまま、ブルートが素直な感想を口にする。



「あやつはあやつで使命を果そうとしているのだ。それを無下にすることは善い行いとは思えぬな」とロビン。


「でもよぉ」


 ブルートは頭ではわかっていても、納得ができない様子でいる。

 ギルは少し焦げた魚の丸焼きをかじりながら、そんなブルートを黙って眺めている。


 その様子に気づいたロビンは紫色の謎の液体を一口すすると傍に置き、頭に被ったフードを降ろし、日頃は見せないような鋭い目つきを見せた。



「……だが、忘れるな。腹が立っているのはうぬだけではないということだ。こういう卑劣なやり方は我も好かんでな。待ってあと3日だ。それまでにクロベエが戻ってこなければ我がリューヤと一戦交えようと思う」


 その発言に二人は驚きを隠せない。

 ロビンに考えを改めさせるべく、ギルは思わずその場に立ち上がる。



「はぁ!? ちょ、急に何言ってんだよ。リューヤってヤツの狙いは俺なんだから、お前がそこまでする必要はねーっての」


「急にではない。最近ずっと考えていたのだ。それに、我なら竜の呪いに対抗できる手段を持っている。相性というなら我の方が適任だ」


「いや、そういうことじゃねーだろうが!」


 いつの間にかロビンも立ち上がり、ギルと向かい睨み合っている。

 ブルートは口に手を当て妙におどおどして、どうしたらいいのか分からないと言う仕草を見せていた。


 その時。

 突然、教室内から、「うわああ」「お美しいっ」「今日はどのようなご用件で」と言った、生徒たちの感嘆の声が聞こえてきた。


 何事かと教室内に目を向けると、目に映ったのは金髪蒼眼のポニーテールの美少女がこちらに向かってくる姿。



「ギルくんいるかい?」


 H組のヴィルヘルミーナ・アルヴェスタ・ラバン。

 ギルの幼馴染の上流貴族の姫。



「ん、あぁ。俺ここ」


 と、ギルは平然を装って手を挙げるが、ここで一瞬の沈黙に耽る。


 ミーナと言葉を交わすのは入学早々のビンスとのデュエル以来。

 再会した際はすぐに気が付くことができなくてレバーブローを思いっきり喰らったし、印象は最悪だろうと思ったから、どう接したらいいのかさっぱりわからなかったのだ。


 ギルはベランダに腰を下ろし、あぐらの体勢に戻る。

 チラッとミーナを窺うと、特に怒っている様子ではなさそうだ。


 一体何の用があってわざわざJ組までやってきたのかと身構えていると、ミーナの口から意外とも思える言葉が飛び出した。



「この間はいきなりレバーブローをブッ刺しちゃってゴメンな。そのお詫びと言っては何だけど、これをキミに渡そうと思ってさ」


「え、どしたん急に? あれは俺が完全に悪かったし、ミナちゃんが気にすることなんて一つもないって」


「いやいやいや! それじゃアタシの気がおさまらないって言うか。てゆーか、ほら、アタシってば名門貴族じゃない? だから、こんなのいつだって手に入るんだよ。だから、変に構えずに受け取ってくんないかな」


「……まぁ、ミナちゃんがそう言うなら」


 ギルの言葉に、ミーナはようやくホッとしたような安堵の表情を浮かべた。



「あ、えっと、ギルくんの席ってここだっけ?」


 ギルが、「あ、うん」と頷くと、ミーナは手に持っていた可愛らしい包み紙を机の上に置いた。



「き、気に入らなかったら捨てちゃっても構わないぜ。んじゃまたな」


 言ったミーナの顔は耳まで赤くなっていた。

 ギルはその華奢な背中を見ながら、一体何だったんだ? と呆気にとられていた。



「ギルよ、うぬはラバンの姫様とも知り合いだったのか?」


「そーなんだヨ。コイツ、アネさんと幼馴染らしくってヨ」


 ギルが答える前に、なぜかブルートが得意気に答えていた。

 それからもさっきまでのピリピリした雰囲気はどこへやら。

 ギルはロビンとブルートから質問攻めに合っていた。


 すると、急にギルに影が落ちる。

 ミーナが戻ってきたのかと思い、すぐに影の方に顔を向けると、そこにはミーナ以上に意外と思える人物が立っていた。



「うげぇ、何だテメーのそのクッソ不味そうな弁当。ゴミ食ってンのか?」


「はぁ? 誰だテメー?」


 いきなり挑発的な言動をぶつけてきたその相手に、ギルは即座に食って掛かる。


 リュー・ヤーネフェルト・ゼルレギオス。

 一連の騒動の主犯がついにギルの前に姿を現す。



>>次回は「無力」と言うお話です!

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