第40話 無力
突然J組に姿を現したリューヤ。
ギルは目の前の人物が誰だかわかっていない様子。
しかし、ブルートとロビンの雰囲気に明らかな変化が生じたことで、その場に張り詰めるような緊張が走るのを感じていた。
「リューヤ。テメー、ウチのクラスに何の用だ?」
横のブルートが怒りを滲ませながらも至極冷静に問いかける。
「リューヤ? コイツが?」
青髪短髪、爬虫類のような細い橙色の目。
ライダースベストから剥き出しの両肩には竜の紋章が刻まれている。
「そうか、テメーがリューヤか。ちまちまと汚ぇ真似が大好きなカスって聞いてるぜ」
「汚い真似? あぁ、そりゃ全然ちげーな」
「違わねぇだろうが!」
ギルの声にも力がこもる。
しかし、リューヤは何食わぬ顔で言うのだった。
「オリャーよぉ、目についたヤツを徹底的にいたぶるのが好きなだけ。ザコが恐怖に震えて苦痛に歪むツラを見んのが好きなだけなんだって。な、全然ちげーだろ」
「てンめぇ……」
ギルが弁当を置いて立ち上がろうとすると、リューヤがふと机の上の包み紙に目をやる。そして、すぐにギルに尋ねてきた。
「おぅ、何だコレ?」
「それに触んじゃねぇ。……殺すぞ」
しかし、リューヤはギルを無視してあっさりと包み紙を手に取った。
「テメ、ッ!!!?」
ギルは猛然と掴みかかろうとするが、身体が金縛りにあったように動かない。
見るとリューヤの右奥、そばかす面にメガネをかけた生徒がこちらに向けて両手をかざしている。
「俺ンとこの
ニヤつきながらリューヤ。
そして、包み紙をビリビリと引き裂いて中身を取り出す。
「す、すまぬ。我も気づかなんだ。あの精霊術士、かなりの手練れのようだ」
ロビンも不意打ちの精霊術によって、動きを止められている。
もちろんブルートも。
「んだぁ、コレ? クッソチンケな指輪じゃねぇかぁ」
「それに触るんじゃねえええええええッ!!!」
動けない体で喉笛が千切れんばかりに叫ぶギル。
リューヤは小箱から真っ白に輝く指輪を取り出し、相変わらずニヤニヤしながら見つめている。
「あー? この指輪がそんなに大事なンか?」
「そうだっつってんだろうが!! 汚ぇ手で勝手に触ってんじゃねーぞ、このトカゲ野郎!!」
「あ? そりゃちぃと聞き捨てならねぇな」
ギルの挑発に初めて苛立ちを見せるリューヤ。
だが、すぐに何かを思いついた表情を浮かべると、つまんでいた指輪を床に落とす。
そして足を高く上げると思いっきり踏みつけた。
「てンめえええええええええええええええ!!!!」
「ギャーハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!
踏んだらあっさり壊れちまったよ。やわでクッソチンケな指輪だぜ」
ギルを悠然と見下ろしながらリューヤ。
ギルは悔しさで歯を食いしばり、口端から血を流しながらリューヤを見上げ睨みつける。
「ンだぁそのクソ生意気なツラはァ? ゴミがいっちょ前に意地見せてんじゃねぇぞ。怖えならイキってねぇで早く泣いちまえよ、アァ!!?」
【ゴスッ】と言う鈍い音と共に、ギルの顔面が蹴り上げられた。
「オラ、ガンくれてねーで、ちっとは抵抗してみせろってンだよ! オラオラオラオラァ!!」
無抵抗の状態で何度も何度も顔面を踏みつけられ、蹴り上げられる。
頭蓋が軋む音に鼓膜が悲鳴を上げる。
頭が跳ね上がる度に血飛沫が舞う。
腫れてまぶたが塞がる。目が霞む。
それでも、ギルは目力だけでリューヤを強く批難し続ける。
「ンだぁその目は? 何も出来ねえクセに気合い見せてんじゃねぇぞ!」
リューヤはベランダすぐのギルの椅子を掴むと、振りかぶって側頭部へと叩きつけた。
「ぐぅ……ッ」
こめかみが裂け血がしたたり落ちる。
椅子は破片を撒き散らしながら、ベランダから力なく落ちていった。
そうして、ギルの目から光が消えたことを確認すると、リューヤはようやく一方的な暴力を止めた。
「ギャハハハハ! ンだコイツ、クッソ歯ごたえねえでやんの。
んじゃなクソゴミ。またイジメてやっから、ビビってガッコ辞めるとかすんじゃねぇぞ。
テメーはボロカスになるまで追い込み続けてやっからよ。それまでゴミでも食って震えてろ」
バカ笑いしながらリューヤは取り巻きを連れて、目の前の椅子や机を蹴り上げながらJ組を後にする。
その後でやってきた派手なメイクの女生徒は、ギルにペッと唾を吐きかけると、小走りでリューヤの後を追った。
「アイツめちゃキモだったね、リューくん。でもさ、もう歯向かって来なそうだし、完全勝利のお祝いってことでカジノでパーッとやっちゃおうよぉ」
「オメーは金にしか興味がねぇのかよ? まぁ、あのカスが歯向かってくることはねーだろうけど、まだ全然イジメ足りねぇんだよなぁ」
「えー!? まぁ、あーしもザコをイジメるのは好きだし、もうちょっと付き合ってあげてもいいけど」
リューヤとその取り巻きのギャル、モエの楽し気な会話が、遠鳴りのように鼓膜を揺さぶる中。
術士の精霊に動きを止められたまま、ギルはあまりの怒りで自我を失いかけていた。
しかし、リューヤたちが教室を出て行ってからも金縛りの効果は継続中。
ギルは折れた歯を口の中に溢れてくる血と共にペッとベランダの床に吐き出すと、どうにかと言った具合で言葉をこぼす。
「ろ、ロビン、お前の術で……何とか、か、解除はできねぇのか?」
「すまぬ、さっきも言った通り、思いのほか強力な精霊術のようだ。もう少し時間をくれ」
「クッ、ちく、しょう……」
顔が火が付いたように熱い。
頭の中に殺意が湧き上がってきて、臨界点に達する寸前。
もはや自分の意思ではどうにもならないほどの怒りがギルを支配していた。
その時――
「ギルくんッ!!」
「え……ど、どうして――」
騒動を聞きつけたのだろうか。
ミーナが大慌ての様子でJ組に戻ってきたのだった。
ギルの変わり果てた姿を目にしたミーナは一目散にギルの前に来てしゃがみ込むと、何も言わずに血塗れの顔を自分の胸の中に抱きしめた。
「ウソだろ……どうしてギルくんがこんな目に――」
「シャツ、汚れちゃうって……」
大切な人からの贈り物を守れなかった申し訳なさ。
そんな自分の力の無さ・弱さ。
ミーナの胸の中であの頃の懐かしさを覚えながら、ギルは静かに目を閉じるのだった。
>>次回は「幼き日の誓い」というお話です!
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