第14話 最弱だったキミが

 決闘デュエルの開始がミーナの宣誓によって告げられた。

 

 ギルは両手をズボンのポケットに突っこんだまま動かない。



「ククク……舐めてくれんなぁ。まぁいい。俺は嬉しいんだよ。この時をどれほど待ち侘びたか。キサマにはわかるまいな」


「うん? お前ってそんなに俺と戦いたかったの?」


「あぁ、ガキの頃に初めて会った時からずっとな。妄想の中では軽く1,000回はキサマを殺しているぜ」


「へー。でも俺、お前に恨まれるようなことをした記憶がないんだけどなぁ」


 ギルが首を傾げながら言うと、ビンスは口元を歪ませ、腰からスラリと片手剣レイピアを抜いた。



「キサマは俺よりもお姉ちゃんの心の中にずっと深く入り込みやがっただろうが! それは万死に値するんだよ!」


「……ビンス」


 ミーナが見守る中、ビンスは一気に距離を詰め、レイピアをギルの首に向かって突きを繰り出す。


 ギルはそれをギリギリで見切り交わすが、ビンスは高速の突きを繰り出し反撃の隙を与えない。



「ギルくん、もういい! まともに喰らったら怪我じゃ済まないよ! 早く降参して!」


 ミーナは立ち合いと言う立場を忘れてギルに向かって叫ぶ。

 ギルは攻撃を避けながらハァとため息をつくと、ミーナの方に目をやった。



「相変わらずだなミナちゃんは」


「え?」


「いつまでも俺をクソザコ扱いしてんじゃねぇって言ってんだよ。心配するならアンタのバカな弟の心配をしてろって」


 ギルはビンスの突き出してきたレイピアを人差し指と中指で挟む。

 ビンスはギョッとした表情に変わり、焦って剣を引き抜こうとするが、剣が動く気配は全くない。



「ビンスぅ。俺は別にお前のことは嫌いじゃなかったんだぜ。お前がミナちゃんのためなら何があっても身体を張って守ってくれると分かってたから、あの時、気持ちの整理をつけられたってのもあるし」


 ミーナとギルは元々同じ幼稚園に通っていた。

 しかし、ミーナとビンスの父親の仕事の都合で初等部に上がる前に引っ越してしまったという過去があった。



「それは別にお前なんかのためじゃない! 全てはお姉ちゃんのためだ!」


「知ってるって。それでも、あの頃の俺にとってはお前と言う存在が救いだったんだよ」


「……そんな話で俺が心変わりするとでも思ってるのか?」


 ビンスはレイピアの柄から手を離すと、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


 そして、空間に手を突っ込んで怪しげな魔導書を取り出す。

 すると、みるみるうちに顔中に禍々しい赤黒い紋様が浮かびあがってきた。


 それは一瞬のうちに起きた出来事だった。



「悪魔ベリアルよ! 我、その力を欲する者なり。その力によって、かの者を滅せよ! 世の理に反し、永劫の呪縛を――」


(これは禁呪の詠唱!? 『魔法禁止』って言ったのは油断させて自分だけ禁呪を使うことが狙いか。この土壇場でまさかのトラップを!)


 クロベエが気づいた時には詠唱が終わりを迎える直前。

 詠唱のラストワードが宙に解き放たれれば、ギルだけじゃなく、辺り一帯に甚大な被害が及ぶことになる。



「ギル、キミも魔法を使うんだ! このままじゃ――」


 クロベエが焦りの声を上げる。

 ギルは足先で屋上の床を抉らんばかりの勢いで蹴り上げると、詠唱中のビンスに向かって【ビュン】と風を切り裂き、射程距離に飛び込んだ。

 

 一瞬で懐に入られたビンスはギョッとした目でギルを見る。


 ギルは瞬く間に右手でビンスの頚椎けいついに手刀を決め、ほぼ同時に左手でみぞおちに一撃。


 続けて流れるような動きで右足で足払いを入れて仰向けに倒すと、無表情のまま顔面に左拳を振り下ろす。



「そこまでっ!」


 ミーナだった。


 ギルはその声でビンスの顔面すれすれでピタリと拳を止めると、数瞬してからバツが悪そうに右手をブラブラさせた。


 ビンスは首への一撃を喰らった時点ですでに気絶していたのだ。



「あー、わりぃわりぃ。連撃コンビネーションは体に染みついているから一度動作に入るとどうにも自分の意思じゃ止められなくって。助かったぜ、ミナちゃん」


「…………」


(……何なの今のは? 子供の頃は回復魔法しか使えなかったギルくんがまるで前衛のような近接攻撃に特化したような鮮烈な動きをしてみせるなんて。


 それに一連の動作に一切の無駄がなかった。おそらくビンスはどうやってやられたかすら分かっていないはず。


 ギルくん。数々の呪いに侵されて最弱と言われ続けていたキミが、どうすれば……どんな研鑽を積めばそんな動きができるようになると言うんだ――)


 呆然とするミーナ。

 その場にいるI組の生徒たちもそれは同様だった。

 予想外の結末に誰も口を開くことができずにいる。


 一方のギルは別段変わりがない様子で……



「ったく、コイツはよぉ。禁呪なんて使ってたら停学 or 退学ペナルティもんだったんじゃね? まぁいいや。とにかくさ、立ち合いのミナちゃんが止めたってことは、勝負ありってことでいいんだよな?」


「え? あぁ……うん、そうだね」


「じゃあ勝ち名乗りを上げてくれよ」


「あぁうん……。勝者、ギルガメス――」


 ミーナが宣言すると、すぐにクロベエとブルートがやってきた。

 クロベエはギルの肩に乗り、ブルートはギルの背中をポンと叩く。



「やるじゃねぇかギル。さすが俺のマブダチだぜ」


「誰がマブダチだ。テメーはキメーんだよ」


「そうだそうだー。お前は気持ち悪いんだよブタ野郎」


「黒猫までッ!?」


 涙目になるブルートを無視して、ギルはクロベエと共に教室へと戻ろうとする。



「あ、そうだ。ブルート。クソダサ1号&2号を助けてやれよ。お前の……何だっけ?」


「舎弟だヨ」


「うん、それそれ」


 ギルは両手でブルートを指差して、「ニッシシ」と笑っている。

 ブルートは親指を立てて応えると、ノブオとシンペーの元へ行き、懐に忍ばせていた短刀ドスで縄を切断した。



「あー、忘れてたぁ。お前らにこれやるよ」


 遠目からそう声を掛けると、ギルはポケットから出した小さな橙色の粒をブルートに向かって放り投げた。


 ブルートはそれをキャッチすると、指でつまみ目の前でじっと見つめる。



「何だヨ、これ?」


「それは〈元気万剤げんきばんざい〉って回復薬だ。ウチにまだ沢山あるからやるよ。そこの二人に飲ませてやれって」


「お、おぅ」


 言われた通りにブルートは、ノブオとシンペーに1粒ずつ薬を飲ませる。


 すると、顔は青ざめ、身体のあちこちから出血が見られた瀕死状態の二人が揃って生気を取り戻していく。



「おぉ、オメーら! 調子はどうヨ?」


「あれ、ブルートくん……?」


「そうだヨ。すっかり顔色も良くなってんじゃねーか! 良かったな」


「あ、俺たちまた迷惑かけちまいました?」


「いや、そうでもねぇ。問題も無事に解決だ」


「さっすがブルートくんッ!」


「お、おぉヨ」


 そのやり取りをチラリと見て、ギルはまたニシシと笑っていた。


 ブルートは二人の回復を見届けると、照れを誤魔化すかのようにズンズンと歩き出し、そのまま人垣となっていたI組の生徒たちの前で立ち止まる。


 そこで、ポケットに両手をズボッと突っ込み、斜に構えて威嚇交じりで啖呵を切った。



「オラァ! テメーら、いつまでもこんなところで固まってねぇで散れってんだヨ! それともまだ俺らと揉めるってンか!?」


 先ほどのビンスの完全なる敗北を目の当たりにして士気が最底辺まで下がっていた生徒たち。


 誰も声をあげることなく、ブルートの言葉に素直に応じて、一人また一人と屋上のドアから教室へと戻っていく。


 ブルートは小走りでギルの元へと戻ってくると、鼻息荒く言うのだった。


 

「オラ、オレらも戻ろうゼ。ノブオもシンペーも元気になったし、もう放っておいても平気だろ」


「ったく、お前ってばいちいちウゼーんだよな」


「そんなこと言うなヨぉ」


「にゃはは」


 笑うクロベエと顔を引きつらせるブルートと共に、ギルは屋上のドアを開いて階段を下りていく。


 その様子を上空から、誰かが放った光の精霊ウィル・オー・ウィスプが見つめていた。




>>次回は「呼び水」と言うお話です!

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【異世界デスアカデミー】の豆情報コーナー(,,>᎑<,,)ヨンデクレテアリガトネ


ギルには薬士の友人がいて、試供品とか治験という名目で、掘っ立て小屋に大量に薬を置いていってくれるんだ。


ありがた迷惑な顔をしながらも、ギル自身は単純な回復魔法しか使えないから、状態異常や魔力回復効果のある薬は内心凄くありがたがっているみたい。


ただ、貴重な薬は少ししかもらえないから、それらは基本的には使わずに大事に持っているようだけどね。



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☆作者(月本)の心の叫び


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