第3話 死の祝辞

「うむ、ようやく話を聞いてくれる気になってくれたようだな。では、祝辞を述べさせてもらうとしよう」


 突然放たれた完全無詠唱の魔法撃。


 もし仮に学園長の逆鱗に触れてしまったならば、命すら奪われかねないと思わせるだけの圧倒的な力の差を感じさせた先ほどのパフォーマンス。


 中には平静を装っている生徒もチラホラ見かけるが、大多数の生徒は戦々恐々とその身を固くして学園長から目を離せずにいる。


 相変わらず涼し気な笑みを携えたまま壇上に両手をつき、学園長は拡声器マイクに一瞬目を落とすと、すぐに目線を大聖堂の生徒たちに向かって上げる。


 すぅと軽い息遣いがマイクを通して耳を撫でた後、その鋭くも妖艶な声が生徒の意識を掴みにかかる。



「さてさて、改めて新入生諸君、入学おめでとう。


 このレイアガーデンは今年でちょうど創立100周年の節目の年を迎える。


 今年は入試方式を変更したことも影響したのか、定員上限の400名の生徒が新たに本校の門をくぐることになった。それ自体は大変素晴らしいことだ。


 切磋琢磨する学友は多いに越したことがない。これから訪れる多くの出会いが君たちの今後の人生をより鮮明に彩ることだろう。


 しかし――」


 そこで学園長は一泊置いた。

 生徒の誰かがゴクリと唾を飲み込む音が自然と緊張感を演出する。



「諸君らも知っているとは思うが、このレイアガーデンは少々特殊でな。単に勉強して剣を振るって魔法を唱えていても、『はい、よくできました』とはならないのだよ。


 本校独自の成績決定方式は学業、イベント、そして決闘デュエル。諸君らも知っての通り、本校では生徒同士の決闘を容認している。


 褒章エンブレムと我々が呼ぶポイントが入学時の成績順に付与されているが、デュエルの際はそのエンブレムを賭けて戦ってもらうことになる。


 この辺りは学園案内にも書いてあるから詳細は省くが、首席ナンバー1を目指すのであればデュエルを勝ち抜くしかない。それだけは肝に銘じておけ」

 

 その言葉を聞いた生徒たちは再び熱を帯びる。

 この王国随一の超名門校の中で採用されている成績順位決定方式こそがデュエル。


 学業よりも重きを置かれ、どれだけ多くの相手を、そして強い相手を倒したか。

 その結果がエンブレムと言う名のポイントに反映され、順位が目まぐるしく変動する。


 そうして、卒業前の最終考査によってその年の首席が決定。

 晴れて奇跡と呼ばれる【死神の加護】を受けることができる……という訳だ。



「ここから見ているとわかる。皆、だいぶいい表情をするようになったじゃないか。では、この話もしておこうか。


 このレイアガーデンが別名で何と呼ばれているか。諸君らも存じているな。


 そう、【デスアカデミー】だ。


 王国一の名門校なんて言われている我がアカデミーに似つかわしくない、何とも奇っ怪な呼び名だとは思わないか?


 ただ諸君、勘違いはしてくれるなよ。ここはデスゲームの会場じゃない。あくまでものただの学校さ。


 だが、例え生徒がデュエルで死亡してもルールの中で起きたであれば不問とする。この意味……わかってくれるな?


 私も聖職者の端くれ。

 比喩、これはあくまでも比喩だがな――」


 学園長の言葉が途切れる。

 その瞬間、冷気に充てられたように大聖堂の空気が凍り付くのを、その場にいる全生徒が感じた。



「息絶えるまで抗え若人よ、卒業するその瞬間まで!

 生き残った者には大いなる見返りを約束しよう!


 強き者は思いのままに、その願いを叶えよう!

 弱き者はその影におびえて、家畜のように一生震えているがいい!


 諸君らはレイアガーデンで、人生における縮図を身をもって学ぶのだ!」


 その言葉を受けて、生徒たち更なる緊張が走る。


 自分たちは何をしにここへやってきたのか。

 大半の生徒たちの目的は共通している。


 この生存競争サバイバルに勝ち残り、首席ランキング1位となって【死神の加護】を得ること。

 その事実を再認識させられた瞬間であった。



「では、最後にもう一つ。


 なぜ、首席に与えられる報酬が【死神の加護】なんて暗澹あんたんたる呼び名で通っているか、気になっている生徒もいることだろう。


 それは、この加護が倫理を問わず、いかような願いも叶えてくれるからに他ならない。な。


 つまり、『一国の王になりたい』『酒池肉林のハーレムを築きたい』『伝説の剣を独占したい』『この世に疫病を蔓延させてほしい』『不老不死の身体を手に入れたい』などなど、倫理観に大いに欠ける願いだって思いのままなのさ。


 そして……『死者蘇生』に代表される禁忌。

 死神ならばもちろん喜んで叶えてくれよう。


 …………

 諸君らにはデスアカデミーの名に恥じぬ、苛烈な戦いを期待する。


 そして、我が校100年の歴史の中で、結果的にしか成し得ていない死神の加護を拝受するのだ。


 この中からが現れてくれることを願ってやまない。


 私からは以上だ――」



 学園長の祝辞とは名ばかりの新入生への煽動せんどう

 拍手をするのは教師たちだけ。


 複雑な表情を浮かべる生徒もいれば、それとは真逆に明らかに高揚している生徒の姿もそこにはあった。


 様々な想いを抱きながら、生徒たちは学園長の祝辞を胸に刻みつけたのだった。


 そして異様な雰囲気は最後まで拭われぬまま、入学式はやがて幕を閉じる。





 入学式が終わると、クラスごとに生徒が担任に誘導されていく。


 今年のレイアガーデンの新入生は400人。

 1クラス40人で、計10クラス。

 ギルはAから始まるクラス分けで、一番最後のJ組に名を連ねていた。


 次々と教室に生徒が吸い込まれていく中、ギルの前で見覚えのある生徒がドアをくぐっていく。



「あれー、アイツってさっきのイキってたヤツじゃない?」


 ギルの肩に乗ったクロベエが前足で指した先にはテカテカのリーゼント。

 極太ボンタンのポケットに両手を突っ込んで、肩で風を切り、周りを威嚇しながら教室へと入っていく、巨躯の男の姿が見えた。



「えと、誰だっけ?」


「もう、さっきの入学式で騒ぎを起こしたブタ面のオークがいたじゃないか。確か、ブルートって言ったかな?」


「ふ~ん」



 ギルは大して興味がなさそうな様子。

 そのままJ組の教室へと入っていった。


 黒板には座席に名前が書いてあり、どうやら順番はファーストネームのアルファベット順のようである。


 ギルガメス・オルティアは、男子の前から7番目。そこは窓側の一番後ろの席。


 ギルは自席を確認すると、どっかと腰を下ろす。

 ぐるりと教室内を見回すと、興味を失ったように机の上に上半身を突っ伏して目を閉じる。


 クロベエは「寝ちゃったかぁ」とぼやくと、その後を追うように仰向けのまま宙に浮いて同じく足を組み、頭に腕を回して眠ってしまった。



「おぅ、ゴルァ! 寝てんじゃねぇぞテメー」


 耳元で怒鳴り声が聞こえたかと思ったら、頭をバシッと叩かれた衝撃で目を覚ます。



「ん……何だぁ?」


「寝ぼけてンのか! ナメてっとぶち殺っゾ!?」


 ギルが顔を上げると、さっき入学式で騒ぎを起こしたオーク族のリーゼントの少年〈ブルート〉が顎を引いては上げてを繰り返し、巨体をゆすって威嚇してくる姿が目に入る。



「おぅ、ようやく起きやがったか。じゃあテメー、そこどけヤ」


「はあ?」


「聞こえねーンか? オリャ、テメーのその席に座ってやるって言ってんだヨ。テメーは俺の席と交換してやらぁ」


 ブルートが顎をしゃくって自分の席を指す。


 窓際から前から2番目。

 まぁ確かに地味な席ではある。

 あの辺の席は、どちらかと言うと優等生が座るようなイメージだし。



「バカかブタ。ウンコ食って死ね」


 そう言ってギルは再び机に突っ伏した。



「んだと、ゴルァッ! 今すぐヤってやろうかぁ、ああァン!」


 ブルートは激高し、ギルの胸ぐらを片手で掴むと自分の顔の前まで軽々と持ち上げた。

 周りで息を呑むように見つめていた生徒たちもさすがに声を上げる。


 その時、教室の前のドアが開き、J組の担任が入ってきた。

 ブルートは「チッ!」とわかりやすく舌打ちをすると手を離して自席へと戻っていく。



 ギルはふわぁと、めんどくさそうにあくびをする。

 椅子に大きく寄りかかり足を組むと、椅子の後ろ足だけでバランスを取りながら、頭の後ろで両手を組んで教室の天井を何となく見上げた。


 波乱含みの初日は続く。




>>次回は「決闘成立」と言うお話です!

――――――――――――

【異世界デスアカデミー】の豆情報コーナー(,,>᎑<,,)ヨンデクレテアリガトネ


学園長が言っていた通り、レイアガーデンは超名門校でありながら、【デスアカデミー】なんて怖い別名でも有名なんだ。


これは、色んな説があって、決闘デュエルで死亡する生徒が毎年後を絶たないとか、首席になった生徒の行方不明が続いたとか、卒業時に生き残った生徒が1人だけだった年があったりもして、いつしかそんな呼び方をされるようになったと言われているよ。


そしてもう一つの謎。

なぜ首席に与えると言われている死神の加護を実際に受けた生徒が100年の歴史の中でたったの3名しかいないのか。


今後、真実が明らかになっていくとは思うんだけど、それはまだ先の話。



――――――――――――

★作者(月本)の心の叫び


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