第51話 大ボスのその先
夜。
舞もシロも屋敷で眠っている時間帯。
どうでもいいが、シロは舞の隣でへそ天で寝ていた。
完全に野生を失った姿に一抹の不安を覚えるが、我が教え導いてやればいいだろう。
それにしても、舞にも困ったものだ。白を助けたことで、親からはぐれた子猫をすべて救いたいなどと。そんなことは不可能なのだが、思い悩んでいるようだから我が力を貸してやるか。
元の世界ほどではないが、それなりに明かりもあり賑わっている街の闇。
そこに我は居た。
舞たちを残して宿を出るのは不安であったが、我にもやらねばならんことがある。
それにしても、分かっていたことだが、人間というのはひどく無防備に寝るな。三人とも我が部屋を出るのに気付かずに暢気に寝ているとは。こんなことでは襲撃に遭ったら一網打尽にされてしまうぞ。
やはり我が警戒してやらねばなるまい。
そのためにも早く帰ってやらねばならんな。まったく、世話の焼けることだ。
軽く溜息を吐き、我は路地裏を巡る。そろそろのはずだが……。
その時、路地裏に無造作に積まれた木箱の上から気配を感じた。
見上げれば、そこに一匹の猫が居る。体格のいいまだら模様の猫だ。おそらくこいつが……。
「俺様の縄張りを荒らしてるのはお前だな、黒いの?」
「やっとお出ましか。随分と腰が重かったじゃないか」
やはりこいつがこの辺りの猫たちをまとめるボスか。ボスにふさわしい眼光の鋭さだ。
「お前の目的は何だ? なぜ俺様の縄張りに来た?」
「知れたことを。我はお前を倒し、このシマのボスになるのだ」
そう。我はシマのボスになる。そして、配下の猫を使ってさまざまな情報を集めるつもりだ。その情報が舞の助けになるだろう。
「おっさんが言うじゃねえか」
まだらの目には我を蔑むような光があった。
そうだな。我はもう十一歳にもなる。普通の野良猫ならくたばってもおかしくないほど老境の猫だ。それが今更シマのボスになろうというのだからまだ若い肉体の全盛期ともいえるまだらが蔑むのも無理はない。
だが、やらねばならん。
我が考える猫の警戒網などアテにできるかわからんが、無いよりマシだろう。
「来いよ若造。ビビっているのか?」
「しゃらくせえ!」
まだらが木箱を飛び降りた。一足飛びに突撃してくるかと思ったが、そこそこ慎重なようだ。
だが、普段なら褒められるその慎重さが命取りとなる。
もう勝負は終わっていた。
我は無造作にまだらに歩みを進める。
「へっ! 八つ裂きだっ! あっ!? なんだ、足が……動かねえ!?」
我は影を操りまだらの四つの足をすべて拘束していた。こうなっては動けまい。
「動かぬだろう? 貴様はすでに我が術中だ」
「てめえ! なにしやがった!?」
「魔法、と言っても分からぬだろうがな。負けを認めよ」
「認められるかあああああああ!」
まだらが必死に足を動かそうとしているのが見て取れる。やれやれ、まだ負けを認めぬとは、跳ねっ返りの強い男だ。
我はまだらの前に立つと、まだらの頭に右前足を置いた。
「ぐおっ!?」
そして、どんどんと右前足に体重をかけていく。すると、じわじわとまだらの頭が下がっていく。そして、ついにまだらの頭が地面に着いた。
「素直に負けを認めよ。弱者を嬲る趣味はない」
「弱者!? 俺様が弱者だと!?」
「我の恐ろしさを広めるために、貴様の両手足をもいでもいいのだぞ?」
「ひぃ!? わ、わかった。お、俺様の……負けだ!」
単なる脅し文句だったが、我が本気だと受け取ったのだろう。まだらの手足を拘束する影に少し力をこめると、途端にまだらは降伏した。
猫を傷付けると舞が怒るからな。
我はまだらを特別臆病だとは思わない。ボスの中には手足を拘束しただけで泣いて命乞いをした者もいるくらいだ。それを考えれば、まだらは豪胆と言っていい。
我はまだらを警戒しつつも、まだらの手足の拘束を解いた。
「くそっ! あんたの力は何なんだ?」
意外にもまだらは本当に負けを認めたのか、拘束を解いても襲ってきたりはしなかった。今も拘束されていた足をプラプラさせながら我を見ている。
「それよりも今後の確認だ。まだら、お前にはこのままここのボスを続けてほしい」
「どういうことだ? あんたがボスになるんじゃなかったのか?」
「我の目指す先はもっと遠くにある。我はお前の上に大ボスと君臨すると考えればいい。まぁ、その大ボスでさえ我にとっては通過点だがな」
「大ボスってのはわかる。だが、その先ってのがよくわからねえ。あんたはなにを考えてるんだ?」
「我は、この街の全てを支配するつもりだ」
「はあ?」
シマを一つだけ預かるボスであるまだらには、街を一つ支配に置くなど埒外の考えなのだろう。まるで阿呆を見るような目で我を見ていた。失礼な奴だ。
「お前は体感しただろう? 我の力をもってすれば、すべてのシマのボスを従えるなど造作もない」
「それは……。そうかもしれない……。だが、いや……。そんなことが可能なのか……?」
「この街の人間は、一人の人間が支配しているらしいぞ? ならば、この街を支配する猫がいてもいいだろう?」
「そんなことが……」
「まぁ、今語っても詮無き事よ。とにかく、お前は我に従え。今はそれだけでいい」
「ああ……」
我はそれだけ言うと、まだらの横を通り過ぎる。この調子で、今日のうちにあと二つか三つのシマを手に入れよう。
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