第32話 おいしい!
「すみません! すみません! すみません!」
テラス席もある海沿いのレストラン。そんな素敵な空間で、私は高速で頭を下げていた。
「マイを許してあげてほしいにゃ」
「申し訳ありません。ウチの猫がとんだ粗相を……」
「貴女の猫ちゃんの仕業だったのね」
「そんなに謝らなくてもいいのよ」
「そうよ。料理ならまた頼めばいいんですもの」
「すみません。ありがとうございます。少ないですけど、これ……」
「あらいいのよ。そのお金は貴女たちのお食事に使って。ここのムニエルは絶品なの」
おばさまたちは、クロの蛮行をあっさりと許してくれた。心に余裕のある人特有のニコニコと感じのいい笑みを浮かべている。
今回は許してくれたけど、また同じことが起こったら堪ったものではない。
「ありがとうございます」
私は最後の大きく頭を下げると、店を飛び出ていったクロを探すべく店の外へと出た。
「すげーぜ兄貴! まさか人間の食い物を横取りするなんて!」
「すごい、すごい!」
「おいしそう……」
そして、すぐにクロの姿を見つけた。クロの周りには猫がお行儀よく座っていたのですぐに分かった。
「クロ! あなたはもう!」
「おお、舞か。この店は当たりだな。うまいぞ。舞も早く食べてくるといい」
「もー!」
私が怒っているのに、クロはまったく気にした様子がない。それどころか、ちょっと得意げだ。
「人間の言葉が分かる……?」
「なんで、なんで?」
「はやくたべたい……」
クロの周りに居る猫たちは、私の接近に気が付いて逃げようとしたけれど、私の言葉が分かるからか、警戒しつつも逃げ出さなかった。
「いい、クロ? 人のものを取っちゃダメでしょ?」
「それは違うぞ、舞。取られる奴が間抜けなのだ」
「そうじゃなくて! クロの分はちゃんと買ってあげるから、もう人から取るのは止めてちょうだい?」
「なぜだ? 奪った方が話が早いだろ?」
「もー! 人間はちゃんとお金を払ってご飯を貰うのよ。あなたの食べてるお魚だって、あのおばさんたちがお金を出して買った物なの。それを横取りしたら私が怒られちゃうじゃない!」
「むー。そうなのか?」
「そうなの! ほら、従魔がなにかしたら、その責任は従魔の主になるってあったじゃない? あれよ」
「そうか……」
クロは渋々納得したように頷いた。これで分かってくれたならいいけど……。
「それで? 周りの猫たちはどうしたの? お友達できたの?」
「あっしたちは……」
「こ奴らは、我の奪った魚が目当てなのだ。我の喰い残しを狙っているのよ」
「まぁ、そうでやんすね」
「食べたい!」
「おいしそう……」
「ふーん」
よく見ると、三匹の猫たちは、クロの半分くらいの大きさしかない。たぶんまだまだ子どもなのかな?
「こういう場合、普段より多めに食べ残してやるのが強い者のマナーだな」
そう言ってクロが得意げなニヤリとした表情を見せた。
「お前ら、もう喰っていいぞ。ケンカしないようにな」
「兄貴! あざます!」
「やった! やった!」
「いただきます!」
クロが取ってきた魚を一心不乱に食べ始める三匹の子猫たち。
「うみゃー!」
「うまうま!」
「はぐはぐ!」
人のご飯を奪っちゃう猫にも、猫なりのマナーがあるらしい。初めて知った。
もしクロがお魚を強奪しなかったら、この子たちはご飯が食べれなかっただろう。なんだかクロを一方的に叱るのは悪い気がしてきてしまった。
「舞よ、此度は面倒をかけたようだ。すまなかったな」
「分かってくれたならいいのよ。もう人のものを取っちゃダメだからね?」
「分かった。もし取る場合も舞に確認を取ることによう」
「そうしてちょうだい」
「舞はあのトロい人間たちに謝ったのか?」
「うん」
「そうか……。我からも詫びを入れることにする」
その後、私はクロを抱っこした状態で、おばさまたちの前までやってきた。
「此度はすまなかったな。許せ」
「もー! なんであなたはそんなに上から目線なのよ!」
私はクロの頭に手を置いて、強引にクロに頭を下げさせるのだった。
「まぁ! この猫ちゃんがさっきの犯人なのね」
「まぁまぁ! 大きくて立派な猫ちゃんですのね。触ってもいいかしら?」
「どうぞどうぞ」
「くっ! 舞よ、我はそんなこと許可してないぞ!」
「あら、ふわふわだわ」
「肉球ってぷにぷにで意外と冷たいのね」
おばさまたちに好き勝手弄られるクロだったけど、悪いことをした自覚があるのか、暴れずにジッとしていた。珍しい。
「ぐぬぬぬ……」
「クロ、大人しくするのよ?」
「分かっている! ぐぬぬ……」
その後、おばさまたちのオススメもあって私たちは白身魚のムニエルを食べたんだけど、超おいしかった。身はふわふわで、外はパリパリ。バターの豊潤な香りと、ピリリと辛い香辛料。こんなにおいしいムニエルは初めて食べたかもしれない。
「おいしい!」
「うまいにゃ!」
「これは……!」
「ハグハグ!」
ちょっと残念な部分を挙げるとしたら、それはお醤油が無かったことだね。
できることなら、ちょっとだけ醤油を垂らして食べたかった。アメリーの作るご飯はおいしいし、シヤの持ってるエルフ豆の味噌もあるけど、日本の味が恋しくなったのだった。
いつかお醤油も見つけたいな。
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