第31話 はぁー……

「クワトゥラトプス!? あっちはギガントバジリスクだと!?」

「ヒュドラ、タイラントボア、レックス、ヒュージヴァイパー……。いったいどれほど……!」

「何が、どうなってやがる……!?」

「これが、ドラゴンの力なのか……!?」

「これがドラゴンを従える者……!」


 なぜか付いてきた冒険者たちが驚きの声をあげる中、私たちは溜まっていたモンスターの素材を冒険者ギルドに売った。


 このお金は、グウェナエルの結婚資金に充てられる予定だ。


 私はグウェナエルの恋を応援しているのだ。


 というのも、自分の幸せというものが未だによく分からない私は、まずは仲間を幸せにしてみようと思ったのだ。


 幸せにはいろんな形があるのは、なんとなくだけど分かっている。


 グウェナエルがジャンナ姫と結婚して幸せになったとしても、私も結婚すれば幸せになれるとは限らない。


 幸せの形。お父さんとお母さんに胸を張って幸せだと言えること。


 私の生きる理由。


 自分だけの幸せの形を見つけるのはなかなか難しいね。



 ◇



「「「はぁー……」」」


 深いため息が三つ重なる。


 テーブルの上に倒れ込んでいた私たちは、互いの顔を見合って苦笑を浮かべた。


 冒険者たちが騒がしかったモンスターの素材の売り渡しも終わって、私たちは宿の自室に戻ってきていた。


 冒険者ギルドで張りつめられた緊張の糸がやっと切れたような心地がした。


「疲れたねー」

「無駄に疲れたにゃー……」

「予期できたことですが、やはりグエルを警戒していますね。その反応は予想以上でしたわ」

「ドワーフ町では話せば分かってくれたのに、どうして今回はダメなのよ……」

「おそらく、それだけドワーフたちは自分たちの街の防衛力に自信があったのでしょうね。山をくり貫いて山の中に街を作っていたのには驚きましたわ」


 たしかに、あの山の中の街ならドラゴンがきても安心かもしれない。


 ドラゴンは空を飛ぶ。空ががら空きなこの街だと、その脅威は計り知れない。


「それにしたって……。ちゃんと従魔の証もあるのに討伐なんて話になるなんて思いもしなかったわ……」

「ドラゴンは確かに危険ですが、それと同時に一獲千金のチャンスでもありますから。そういった意味でも討伐したい人が多かったのかもしれませんわ」

「そんな……」

「人間は怖いにゃー」


 従魔の証さえあれば、受け入れてもらえると思ったんだけど、世の中はそう甘くないらしい。


 でも、問題になるのはグウェナエルばかりで、グウェナエルよりも強いのに、クロは問題にならない。


 私としてはクロと離れ離れにならなくて嬉しい限りだけど、やっぱり見た目は大事なんだね。猫がドラゴンに勝てるなんて普通は思わないもんね。


 ぐ~~……!


「なんだか疲れたからお腹が空いてきたにゃ……」

「もう、アメリーったら。でも、私もお腹が空いてきたかな」

「そうですね。わたしくもです」

「舞よ、我も腹が減ったぞ? せっかく海に来たのだ。魚を食べたい」


 この街に来たのは、元はと言えばおいしいお魚が食べたかったからだったね。


「じゃあ、帰ってきてすぐだけど、街に出てみる?」

「そうするにゃ!」


 アメリーが元気よくガバッと跳ね起きた。


 私とシヤもいそいそと椅子から立ち上がると、アメリーを追いかけるのだった。



 ◇



「んー! なんだかしょっぱい感じがする!」


 宿の部屋ではあまり感じなかったけど、小高い山の麓まで降りてくると、潮の香りと、水分を含んだ重い風を感じた。


 どうやら山の麓は繁華街になっているようで、たくさんのお店が軒を連ねている。金属だと錆びてしまうからか、日本とは違う建て方の木や石造りの建物が多かった。


 屋台なんかも出ていて、複雑に絡み合ったご飯の匂いが食欲をそそる。


 グウェナエルがすぐに姿を消したからか、もうドラゴンに怯えている人は見えなかった。屋台の店主が客を呼び込む声も聞こえて、とても賑やかな場所だ。


「早く食べるにゃー! もうお腹ペコペコにゃ……」

「そうだね。どこにしよっか?」

「舞よ、こっちからいい匂いがする。ここにするぞ!」

「あ、クロ!? もう。二人ともあのお店でいい?」

「どこでもいいにゃ!」

「わたくしもかまいませんわ」


 二人の許可を得てお店に近づいていくと、クロが店の入り口でハンティングモードになっていた。なんで?


「クロ? どうしたの? 猫でも居た?」


 しかし、クロは私の声には応えずに疾走する。その行く先は、綺麗な服を着たおばさまたちだ。


「えっ!?」


 目を白黒とさせる私の目の前で、クロは大ジャンプしておばさまたちのテーブルへ。


 そして、おしゃべりに夢中なおばさまたちをよそに、お皿の上からご飯を強奪してしまった。


「あら?」

「なにか黒いものが……?」


 今更クロの蛮行に気が付いたおばさまたち。しかし、既にクロはお魚咥えて脱兎のごとく走っていってしまった。


「ちょいちょいちょいちょい!」


 クロ!? 何やってくれちゃってるのよ!?


 突然起きたクロの大胆な犯行に、私はなにもできずにポカンとしていることしかできなかった。





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